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蔵造りの町並み(時の鐘〜札の辻交差点)〜菓子屋横丁

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小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘入口交差点で右折 小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘入口交差点で右折 

交差点の右奥に櫓の上部が見える。蔵造りの町並みのほぼ中央である。
小江戸川越 蔵造りの町並み 鐘つき通り 小江戸川越 蔵造りの町並み 鐘つき通り 
小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘 小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘 
小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 
小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘 小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘 

川越の時の鐘

 私たちは、日常生活の中で耳を澄ませば聞こえてくる様々な音に囲まれて生活しています。
 環境庁は、全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)を「残したい日本の音風景百選」として認定しました。
 川越市では、江戸時代初期から時を告げてきた「時の鐘」が認定されました。
 いつまでも人々の心に響く、鐘の音と蔵造りの町並みがっくり出す音風景を大切にしていきたいと思います。
小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘、薬師神社 小江戸川越 蔵造りの町並み 時の鐘、薬師神社 

時の鐘
 時の鐘は、江戸時代の初期、酒井忠勝が川越城主(1627〜1634)のころに建設されたと伝えられています。その後何度か焼失し、現在の時の鐘は、明治26年の川越大火の翌年に再建されたもので、高さは約16メートルあります。平成8年には、環境庁の「残したい日本の音風景百選」に選ばれています。

薬師神社の由来
  薬師神社は、以前瑞光山医王院常蓮寺という寺でしたが、明治維新の折に薬師神社となりました。御本尊は薬師如来の立像で行基菩薩の作といわれています。五穀豊穣、家運隆昌、病気平癒、特に眼病にご利益があるといわれています。右奥の稲荷神社は、出世、開運、合格に著しいご利益があるといわれています。
小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 
小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 小江戸川越 蔵造りの町並み 薬師神社 

薬師神社の由来について

当神社は以前瑞光山医王院常蓮寺という寺であったが明治維新の折薬師神社となった。明治二十六年川越大火により時の鐘と共に消失翌年再建された御本尊は薬師如来の立像で高さ六十糎行基菩薩の作という。五穀豊穣・家運隆昌。特に病気平癒のご利益があり眼病には著しい効果がある。尚、向かって右奥の稲荷社は出世開運合格に著しいご利益がある。
小江戸川越 蔵造りの町並み 小江戸川越 蔵造りの町並み 
小江戸川越 蔵造りの町並み 小江戸川越 蔵造りの町並み 

蔵造りの町並み

 重厚な蔵造りは、明治26年(1893)の大火を契機に築かれました。その伝統的な町家群に加え、近代洋風建築など永きにわたる多様な様式の建物が連なる町並みは、江戸時代から現代へ至る変遷を示し、特色ある歴史的景観を伝えています。        現在の東京では見られなくなった、江戸のたたずまいを彷佛させる町並みは、次代に伝える貴重な文化財として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
小江戸川越 蔵造りの町並み 小江戸川越 蔵造りの町並み 
小江戸川越 蔵造りの町並み 川越まつり会館 小江戸川越 蔵造りの町並み 川越まつり会館 

実際に川越まつりで曳かれる山車2台を展示するなど、まつりの迫力ある雰囲気を、いつでも体感することができます。
小江戸川越 蔵造りの町並み 川越まつり会館 小江戸川越 蔵造りの町並み 川越まつり会館 

川越まつり(川越氷川祭の山車行事)

慶安元年(1648)、川越城主松平信綱が氷川神社へ神輿などを寄進したことに始まったと伝えられています。江戸の天下祭の様式を今に伝えるもので、豪華絢爛な山車が蔵造りの町並みを曳き廻されます。山車どうしが出会うと互いに向き合い、囃子を披露しあう「曳っかわせ」は、まつりの醍醐味です。
小江戸川越 蔵造りの町並み 重要文化財 大沢家住宅 小江戸川越 蔵造りの町並み 重要文化財 大沢家住宅 

寛政4年(1792)に造られ、呉服太物を商っていた店蔵です。明治26年(1893)の川越大火の際も焼け残り、川越商人に蔵造りを建てさせるきっかけとなった建物の一つです。
小江戸川越 蔵造りの町並み 札の辻交差点で左折、高澤通りへ 小江戸川越 蔵造りの町並み 札の辻交差点で左折、高澤通りへ 

蔵造りの町並みはこの交差点までで、県道39号川越坂戸毛呂山線は同じく左折する。先の高澤橋までを高澤通りという。
高澤通り 川越まつり会館裏口 高澤通り 川越まつり会館裏口 

山車の絵が描かれており、入口は左(蔵造りの町並み)である、との表示がされている。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

いわゆる駄菓子店が集まっている。

昭和初期には70余軒が軒を連ね、数多くの菓子を製造・卸していました。今でも20数軒が工夫を凝らした駄菓子類を製造・販売しており、ノスタルジックな雰囲気が多くの方々に支持されています。なお横丁内のハッカ飴や駄菓子、焼き団子の香りは、平成13年環境省主催の「かおり風景百選」に選ばれました。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

現在地は左上角で、札の辻交差点はその上である。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

入ってがっかりしたのは、普通の民家の間にポツン、ポツンと菓子屋があるだけである。逆に民家の人は迷惑でないか、と思ってしまう。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

途中で左折する。現在地は左上だが、入口は左下角である。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

様子は一変し、確かに菓子屋横丁だ、と思わせる雰囲気である。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

さらに角を曲がると、道幅は狭くなり、歩くのも大変な混雑ぶりである。面白いのは子供はほとんどいず、中高年者ばかりがたむろしていることである。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 

懐かしい駄菓子が並ぶ。
小江戸川越 菓子屋横丁 小江戸川越 菓子屋横丁 



 
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