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目次に戻る 東横線渋谷駅は、約7年前の平成27年に東横線の副都心線との直結により地上2階から地下5階に移設された。そのため、他線への乗り換えに時間がかかるだけでなく、どのように乗り換えるのかが分かりにくく、渋谷駅の迷宮化などと言われて久しい。地下化以降は目黒線直通の南北線で溜池山王に出て銀座線に乗り換えるようになった。前日の1月3日に新駅舎がオープンとなり、東横線からの乗り換えがどうなったのかを知るため、久しぶりに東横線で渋谷駅に向かった。東横線/副都心線渋谷駅の渋谷ヒカリエ1改札を出て左折、オレンジ色の銀座線改札口行の表示に従いヒカリエのエスカレーターに乗り、案内通りに乗り継いで地上に出る。地上に出て右折するとすぐに銀座線渋谷駅の改札口があり、左にあるエスカレーターに乗ると地上3階の銀座線ホームに着く。旧渋谷駅の狭くてラッシュ時には線路に落ちそうだった薄暗いホームは広々とした明るい島式ホームとなり、ヒカリエ1改札から約5分で到着する。 浅草寺(大黒天)〜浅草神社(恵比寿)〜待乳山聖天(毘沙門天)〜今戸神社(福禄寿) 新仲通り入口交差点で浅草松屋から馬道通りを渡り新仲通りを西進、芋ようかんの舟和前で右折して正月らしい飾り付けがされている仲見世通りを北上するが、寸刻みのノロノロ歩きである。いつもは多い中国人も少なく意外と欧米人が多く、和装の女性も日本語である。宝蔵門を抜けたら参拝客の長い列があり、本堂のはるか手前に参拝列最後尾の看板が見える。いつもは本堂の正面に据え付けられている線香台の常香炉が右のお水舎の前に移設されている。浅草名所七福神巡りなので参拝すべきであるが、参拝客の長い列を見てスルーして浅草神社に向かった。いつもは閑散としている浅草神社であるが、境内の前から長い列ができている。しかし、これは参拝する人の列で、境内には横から入ることができる。参道沿いには飲食物の屋台はなく、酉の市とは違うが色鮮やかな熊手の屋台や、臨時に設けられた破魔矢などの拝受所、朱印所がある。 今戸神社前交差点からの小道を進み、突き当りで左折、橋場通りを北上するがここからの道は初めてであり、距離感がつかめない。隅田公園、台東区立桜橋中学校、浅草病院、浅草人権プラザ前交差点と過ぎるが初めての土地なので距離感、土地勘が全くつかめず、橋場通りから奥に入った所にある橋場不動尊を見落とさないよう、気を使いながら北上する。特養橋場すみれ圓、オーケー橋場店、区立石浜図書館、橋場二丁目交差点と経て、茶色の普通のビルの隣の少し奥まった所に橋場不動尊(布袋尊)の参道が唐突に現れ、危うく見落とすところだった。細く長い参道の先に本堂が見えた時は小寺か、と思ったが脇に大きな建物があった。見落とした可能性もあるが、寺の来歴案内などはなく、参拝客も個人参拝は少なく、七福神巡りのツアー客でごった返ししていた。橋場不動尊から橋場通りは上り坂になり、上った所が白鬚橋西詰交差点で、その先に石浜神社(寿老人)の鳥居、本殿が見える。石浜城址公園は公園と言うより何もない広場、といった趣でその奥に石浜神社がある。 吉原神社(弁財天)〜鷲神社(寿老人)〜矢先稲荷神社(福禄寿) 吉原大門の標識まで道はS字を描いて曲がっており、五十間通りという。これは日本堤から遊廓が直接見えないようにするためと言われる。仲之町通りを西進するが、ソープ街は営業しているものの飲食店は正月休みで閉店しており、13時半を過ぎているので休憩と食事を兼ねて飲食店を探すも難航する。やっと蜀(四川)料理店で食事をして歩きを再開するも、小規模な吉原神社(弁財天)は大混雑で立ち入ることはできず、台東病院前の花園公園を経て鷲神社(寿老人)に向かう。鷲神社は酉の市に比べて格段に人出は少ないが、なぜか参道を柵で仕切り、本殿に向かう列を2人一列に限定、横からの割り込みもできないように制限、寸刻みどころか全く進まないようにされており、参拝を断念した。
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