万歩計 トップ 散策点描 目次 ドイツ、オーストリア周遊H250522-0529 目次 H250526_ミュンヘン〜ベルヒテスガーデン〜ザルツブルク 目次  H250527_ザルツブルク〜ザルツカンマーグート〜ウィーン 目次  H250528_ウィーン 目次 H250529_ウィーン〜パリ〜成田 目次  ページ ラスト 


万歩計



(Since H14-10-28)

目次









掲示板(一言どうぞ)


オーストリア ザルツブルク〜世界遺産巡り〜ウィーン H250526-0529


 【目次】   H250526_ミュンヘン〜ベルヒテスガーデン〜ザルツブルク   H250527_ザルツブルク〜ザルツカンマーグート〜ウィーン   H250528_ウィーン   H250529_ウィーン〜パリ〜成田


目次に戻る



  H250526_ミュンヘン〜ベルヒテスガーデン〜ザルツブルク

 昨日の夕方のミュンヘンの好天はどこにいたのか、と思うほどどんよりした曇り空、で時折小雨がぱらつく中をアウトバーンを走った。ベルヒテスガーデンはオーストラリア国境の山岳地帯にあり、近くのオーバーザルツベルクにはヒットラーの別荘があった。ベルヒテスガーデンそのものにはさして観光の目玉があるわけでなく、登山や近くのケーニヒ湖で楽しむ長期滞在型の拠点である。

 北詰の指揮者カラヤンの生家から、恋人同士の名前を書いた南京錠が所狭しと掛けられているザルツァハ川に架かるシュターツ橋を渡る。黄色のモーツアルトの生家がある旧市街地の繁華街であるゲトライデガッセ通りを歩き、市場前のザルツブルク大学付属教会のコレーギエン教会を経て、レジデンツ広場、レジデンツ宮殿と見物していく。
 バロック様式とローマ風の建築様式が見事に調和した華麗な教会である大聖堂を見物後、レジデンツ広場を経て、旧市街地繁華街のゲトライデガッセ通りを戻り、モーツアルトの生家に向かう。
 ザルツブルクの旧市街地繁華街のゲトライデガッセ通りに戻り、黄色い建物のモーツアルト生家に入る。内部にはモーツアルトが使ったピアノやバイオリン、楽譜原本、肖像画などが飾られているが、いずれも撮影禁止であり、日本語のガイドブックもない。ザルツァハ川右岸のシュターツ橋北詰には指揮者カラヤンの生家があり、指揮するカラヤン像がある。ライナー通りを北上、ミラベル宮殿、ザンクト・アンドレー教会、国際会議場と経てホテルに至る。

  H250527_ザルツブルク〜ザルツカンマーグート〜ウィーン

 ザルツカンマーグートはオーストリア屈指の景勝地として知られ、大小約50の湖が宝石のようにちりばめられている湖沼地帯。この素晴らしい絶景は映画「サウンド・オブ・ミュージック」でも紹介されている。ザルツブルクから氷雨で温度は4℃と真冬のアウトバーンを走り、山岳地帯に来ても氷雨で眺望は開けない。山が迫る小さなハルシュタット湖での観光遊覧も、雨がひどくて窓は水滴で覆われていた。オペレッタ白馬亭で知られるヴォルフガング湖のレストラン白馬亭に向かう。雨は小降りになるも眺望は良くなく、晴れていたら素晴らしい光景だったろうに、と思いつつ昼食を摂る。

 ヴォルフガング湖からウィーンまでは約4時間、309kmである。好天だったら素晴らしい風景だろうと思いつつ、車窓からザルツカンマーグートを眺める。しかし、ウィーンに向かうに連れ、雨もやみ、雲も薄くなる。さらに薄日が差してきてウィーン市内では19時頃だが、天気は好天となってくる。シェーンブルン宮殿前やシュヴァルツェンベルクプラッツ(広場)のソ連戦勝記念碑前を通ってホテルに至る。

  H250528_ウィーン

 南東角の入口からウィーン川沿いの市立公園に入り、修理が終わった有名な金色のヨハン・シュトラウス2世像を見る。この像の修理が完成した直後、中国人団体客が来て花壇は踏み荒らし、あちこちに痰を吐く(中国人の習性)乱行を行った。一時日本人がやった、との非難の声が上がり、在留邦人が中国人の蛮行、と打ち消すのに苦労したそうである。世界各地だけでなく、杭州、上海でも民度の低さを意識しない中国人の蛮行を見ており、在留邦人の苦労がわかる。
 シェーンブルン宮殿は、ハプスブルク家の夏の宮殿でマリア・テレジア・イエローで彩られた外観が印象的である。二本の柱が立つ正門から入り、豪奢なハプスブルグ家の宮殿を見物するが、撮影は禁止されている。現地ガイドに寄る絶妙な案内でナポレオン戦争の戦後処理であるウィーン会議通称「会議は踊る」の話や、幼い頃のモーツアルトによるマリー・アントワネットへの結婚申し込み秘話などを楽しく聞きながら見物する。広大な庭園などを散策して宮殿を後にする。
 免税店があるカールス広場近くの交差点から歩いて国立オペラ座に着き、バスでリング経由で聖シュテファン寺院に行く。聖シュテファン寺院はシュテフフルが愛称で1147年にロマネスク教会として建設され、14世紀にはルドルフ4世の命でゴシック様式の大教会に生まれ変わった。聖シュテファン寺院とオペラ座、リング通りを繋ぐ歩行者専用の通りであるケルントナー通りを南下、老舗高級店からドラッグストアまでさまざまな店が軒を連ね、多くの人で1日中にぎわいをみせる。国立オペラ座前交差点で右折、オペルンリングへ入り、ウィーン中心街を巡るリング散策を始める。中世風の格好をして旅行者相手にチケット販売をする販売人をオペラ座界隈で見かける。

 国立オペラ座からウィーン周回のリングを歩きだす。オペルンリングのゲーテ像横から王宮庭園に入り、新王宮裏正面からブルクリングへ戻る。新王宮沿いに北西に進み、新王宮のゲート前交差点で左折してマリア・テレジア広場に向かう。マリア・テレジアは身長は150cm前半だが体重は100kgを超えていたとの事で、広場の女帝像も巨大である。広場を挟んで南に美術史博物館、北に自然史博物館がある。
 マリア・テレジア広場からブルクリングを渡り、ゲートから入ると翼を広げた形の新王宮と英雄広場がある。新王宮は1879年に建設を開始したが、王朝終焉のため完成は一部のみとなった。現在は3つの博物館として利用されている。英雄広場からフォルクス公園を経て、ウニヴェルシテートリングへ出ると女神アテナ像が立つ古代ギリシャ風神殿の造りの国会議事堂がある。その隣の北側に市庁舎公園と市庁舎があり、道路の向かいにブルク劇場がある。

 ウニヴェルシテートリングのウィーン大学からヴォティーフ教会があるショッテントーア駅交差点で右折、ショッテンリングへ入るとすぐ先に日本大使館・領事館がある。ショッテンリングを北東に進み突き当りの交差点で右折、フランツ・ヨーゼフス河岸通りへ進んでドナウ運河沿いにフランツ・ヨーゼフス河岸通りを南東へ歩く。シュヴェーデンプラッツ駅前を過ぎ、ユリウスラープ広場で右折、シュトゥーベンリングへ入って南下する。
 シュトゥーベンリングを南下ドイツ語が分からないので明確でないが官庁や美術館前を通り、応用美術博物館N先の市立公園に北入口から入るとフランツ シューベルト像がある。公園を出てパルクリングを南下して交差点で左折、ソ連戦勝記念碑があるシュヴァルツェンベルク広場で左折、レンヴェーク通りへ進み、ベルヴェデーレ宮殿前の坂を上ってホテルに戻る。

  H250529_ウィーン〜パリ〜成田

 今回のツアーで初めて朝から好天で20℃と暑ささえ感じる中、ウィーン空港に向かう。出国手続き専門の現地ガイドも加わり、手続くを済ませた後、スターアライアンスのビジネスクラス用ラウンジでWi-Fiを使いながらパリ行きの搭乗を待つ。ウイーンは好天だが、アルプスを越え、パリに着くといつもの曇り空である。成田行きまで5時間あるので、ラウンジで寛ぐ。搭乗機でフランクフルトやハバロフスクなどの通過を確認しつつ、帰国する。




 
万歩計 トップ 散策点描 目次 ドイツ、オーストリア周遊H250522-0529 目次 H250526_ミュンヘン〜ベルヒテスガーデン〜ザルツブルク 目次  H250527_ザルツブルク〜ザルツカンマーグート〜ウィーン 目次  H250528_ウィーン 目次 H250529_ウィーン〜パリ〜成田 目次  ページ トップ