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JR主催 安藤広重 江戸百景 第2回 大橋あたけの夕立 受付風景(東京駅)  |
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東京駅 丸の内南口  |
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東京国際フォーラム 
ここで左折し、ガードをくぐり鍛冶橋通りを進む。銀座の中央通りと昭和通の間の道を左折して進み、日本橋で中央通りに出る。 |
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安藤広重住居跡 
日本橋手前にある。安藤広重(1797年〜1858年)が、嘉永2年(1849年)から死ぬまでの約10年間住んでいた。「名所江戸百景」は、この地での代表作である。 |
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コレド日本橋 
旧白木屋で、東急百貨店日本橋店の跡地である。 |
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日本橋  |
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日本橋 
子供の頃、祖父に連れられ三田から都電で三越本店に行き、おもちゃを買うのがお決まりのコースだった。日本橋に来ると、いつも「キリンがいる、見なさい。」、と言われたが、どこにいるのか分からなかった。キリンが動物園のジラフではなく、麒麟であることを知り、「見つけた。」、と言った時、祖父はやっと分かったのかと大喜びした。
トイレを「はばかり」とか、「御不浄」とか言う祖父母の言葉には歴史を感じる。 |
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日本橋 東京市道路元標  |
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日本橋 東京市道路元標  |
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日本橋 東京市道路元標  |
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三越本店前交差点で右折、昭和通を過ぎて人形町通りへ。  |
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椙森神社 
創建は平安時代の平将門の乱に藤原秀郷が戦勝祈願をした所と言われる。江戸時代しばしば火災に会い、再建に富くじを発行、人気があった。 |
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椙森神社  |
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椙森神社傍の歩道の飾り 
堀留一丁目で、富くじの抽選をしている図である。 |
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伝馬町の三大遺構 
石町の時の鐘、伝馬町の牢屋敷跡、吉田松陰終焉の地の3件である。吉田松陰は安政の大獄で伝馬町の牢屋敷で刑死した。
地下鉄日比谷線 小伝馬町駅の傍で、江戸通りと人形町通りとが交差する小伝馬町交差点にある。 |
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伝馬町の三大遺構 
都知事安井誠一郎の書であるが、もう少し字が綺麗だといいのに、と思わざるを得ない。 |
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江戸伝馬町処刑場跡 
伝馬町牢屋敷跡の十思公園手前にあり、大安楽寺となっている。 |
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大安楽寺 
伝馬町牢屋敷で刑死した人や、安政の大獄で処刑された吉田松陰などの志士の慰霊のため、明治8年に建立された。 |
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大安楽寺  |
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十思公園 
伝馬町の三大遺構がある。 |
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石町の時の鐘  |
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伝馬町牢屋敷跡  |
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松陰先生終焉之地 
書は文部大臣荒木貞夫で、2.26事件での皇道派の巨魁として有名である。 |
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吉田松陰の辞世の歌 
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」と書かれているが、摩滅がひどく読み難い。 |
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十思公園  |