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三ノ輪二丁目交差点〜玉姫稲荷神社〜今戸神社

【関連サイト】   江戸・東京の事件、災害、刑場巡り 第1部 小塚原〜両国〜伝馬町221102(南千住駅〜吉野通り〜言問橋西交差点)

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明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 

目黄不動(永久寺)の門が開き、見物できたのは僥倖としか言えない。同じような感想を持つ人が何人もいて、嬉しそうに写真を撮っていた。
明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 

目黄不動(永久寺)はいつも門が閉まっていて入ることができない。

目黄不動は、江戸五色不動の一つとして知られている。江戸五色不動とは、目白目赤目黒目青目黄の各不動尊のことで、寛永年間(一六二四〜四三)の中頃、徳川三代将軍家光が寛永寺創建で知られる天海大僧正の具申により、江戸府内の名ある不動尊を指定したと伝える。

目黒不動 - 瀧泉寺(目黒区下目黒) 東急目黒線 不動前
目白不動 - 金乗院(豊島区高田) 都電三ノ輪線 学習院下
目赤不動 - 南谷寺(文京区本駒込) 地下鉄南北線 本駒込
目青不動 - 教学院(世田谷区太子堂) 東急世田谷線 三軒茶屋
目黄不動 - 永久寺(台東区三ノ輪) 地下鉄日比谷線 三ノ輪駅
明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 明治通り  大関横丁交差点 目黄不動(永久寺) 

 目黄不動は、江戸五色不動の一つとして知られている。江戸五色不動とは、目白、目赤、目黒、目青、目黄の各不動尊のことで、寛永年間(一六二四一四三)の中頃、徳川三代将軍家光が寛永寺創建で知られる天海大僧正の具申により、江戸府内の名ある不動尊を指定したと伝える。
 不動明王は、密教ではその中心仏とされる大日如来が、悪を断じ、衆生を教化するため、外には忿怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現われたとされている。また、宇宙のすべての現象は、地、水、火、風、空の五つからなるとする宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれる。
 不動尊信仰は、密教がさかんになった平安時代初期の頃から広まり、不動尊を身体ないしは目の色で描きわけることは、平安時代(七八四−一一七九)すでに存在したという。
明治通り 三ノ輪二丁目交差点で左折 明治通り 三ノ輪二丁目交差点で左折 

この交差点で道路は分岐し、明治通りは左折して東進、今までの道は土手通りとして吉原の日本堤に向かう。
明治通り 南千住二丁目交差点 明治通り 南千住二丁目交差点 
明治通り 泪橋交差点で右折、吉野通り(都道464号)へ 明治通り 泪橋交差点で右折、吉野通り(都道464号)へ 
明治通り 泪橋交差点で右折、吉野通り(都道464号)へ 明治通り 泪橋交差点で右折、吉野通り(都道464号)へ 

左折すると南千住駅前の小塚原刑場跡と、小塚原回向院がある。

明治通りの北側に思川が流れていたが、思川と小塚原縄手(日光道中)が交差する所に架かっていた橋が涙橋。泪橋とも書く。橋名の由来は小塚原の御仕置場に赴く囚人たちが現世を去るに際して涙を流しがら渡ったからとも、囚人の知人が今生の別れを惜しんで袖を濡らしたからだとも伝える。
吉野通り(都道464号) コンビニ ポプラ手前で左折 吉野通り(都道464号) コンビニ ポプラ手前で左折 

少し先の交差点は東浅草二丁目交差点である。

泪橋界隈は大阪の釜ヶ崎と並んで、東京の山谷と呼ばれた時代がある。いずれもドヤ街として知られ、今は地名としては無くなっている。
しかし、昼前から立ち飲み屋は大繁盛し、薄いドアから大音量のカラオケが鳴り響く。数人で道端で缶ビールを飲む風景も見られ、1泊1,700円でTV付き、自炊も可というボール紙の看板も掲げられており、やはり異様な雰囲気の街である。
玉姫稲荷神社 玉姫稲荷神社 
玉姫稲荷神社 玉姫稲荷神社 

 正慶2年(1333)、新田義貞が戦勝を祈願し、稲荷大神の像を瑠璃の宝塔に納めたことから、「玉秘め」の名がついたという。春秋の年2回(4・11月の最終土・日曜)、靴祭りがあり、30社以上のメーカーが約10万点の靴を市価の6〜8割引で販売する。履き古した靴の供養や足型測定なども無料で行なわれ、毎年5万人以上の人出で賑わう。
玉姫稲荷神社 玉姫稲荷神社 
玉姫稲荷神社 玉姫稲荷神社 
吉野通り 靴ひもの株式会社マモル脇で右折すると、江戸六地蔵 東禅寺へ 吉野通り 靴ひもの株式会社マモル脇で右折すると、江戸六地蔵 東禅寺へ 

江戸六地蔵は、旧東海道の品川寺巣鴨の真性寺のように積極的に観光資源として売る寺もある反面、東禅寺のように探すのに苦労する寺もある。
吉野通りを南下 吉野通りを南下 
吉野通り 東浅草一丁目交差点で左折 吉野通り 東浅草一丁目交差点で左折 
今戸一丁目交差点で右折、石浜通りへ 今戸一丁目交差点で右折、石浜通り 
石浜通り 今戸神社 石浜通り 今戸神社 

 康平6年(1063)、源頼義・義家親子が京都の石清水八幡宮を勧請したのが始まり。江戸時代末期、愛猫を貧苦で手放したこの界隈の老婆の夢に猫が現れ、「自分の形を人形にすれば福徳が授かる」と告げた。そこで早速猫を焼きものにして売り出したところ、たちまち評判になったことから「招き猫発祥の地」ともいわれる。縁結びの神様としても有名で、境内には恋愛成就を願う招き猫の絵馬が数多く奉納されている。

今戸神社は都営バスの他に、台東区のコミュニティバス北めぐりん、浅草を周回する無料シャトルバスのニンニンパンダのバス停がある。
今戸神社前交差点で石浜通りを渡り、小道を東進 今戸神社前交差点で石浜通りを渡り、小道を東進 



 
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