椿山荘〜江戸川公園〜江戸川橋〜
神楽坂〜外堀通り〜市ケ谷



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椿山荘 椿山荘 

下総来留里藩(現在の君津市)の黒田豊前守の下屋敷だったが、山県有朋の屋敷となり、庭を整備して椿山荘と名づけた。庭から政敵の大隈重信候が創った早稲田大学が見える、と不満を漏らしたことは有名。
カテドラル聖マリア大聖堂 カテドラル聖マリア大聖堂 

椿山荘の真向かいにあり、国立屋内総合競技場(代々木体育館)や、新東京都庁を設計した丹下健三の作である。昭和39年に建造され、特色のある建物でも有名である。
椿山荘 椿山荘 
江戸川公園 江戸川公園 

目白台地の下で、神田川沿いに江戸川橋まで続く。本来は、神田川沿いの満開の桜並木の予定だった。
江戸川公園 江戸川公園 

全く花もなく、さくら祭りの提灯も白々しい。
江戸川公園 神田上水取水口の石柱 江戸川公園 神田上水取水口の石柱 

神田上水は関口の大洗堰(現在の大滝橋あたり)で水位を上げ、水戸上屋敷(現在の後楽園)に入れ、そこから地下の樋で神田、日本橋に給水した。

この大洗堰に水量を調節する「角落」と呼ばれる板をはめ込むための石柱があった。昭和8年の大洗堰廃止により、ここに移設した。
江戸川公園 神田上水取水口の石柱 江戸川公園 神田上水取水口の石柱 
江戸川公園 神田上水取水口の石柱 江戸川公園 神田上水取水口の石柱 
江戸川公園 江戸川公園 
江戸川公園 神田川の里程標 江戸川公園 神田川の里程標 

上流に18.6km、下流に6.0kmである。
江戸川橋 江戸川橋 
赤城神社 赤城神社 

神楽坂の近くにあり、正安2年(1300年)に上野国赤城神社から分霊を勧請、いくつかの地を遷り、弘治元年(1555年)に牛込氏が現在地に移した。
神楽坂 神楽坂 
神楽坂 善国寺 神楽坂 善国寺 

徳川家康の命により、文禄4年(1595年)麹町に創建、寛政5年(1793年)に移転した。毘沙門天像は加藤清正の守仏と言われ、東京で縁日に夜店が出来たのはここが最初と言われる。
神楽坂 善国寺 神楽坂 善国寺 
神楽坂 善国寺 神楽坂 善国寺 
神楽坂 善国寺 神楽坂 善国寺 
外堀通り沿いの東京理科大 外堀通り沿いの東京理科大 

三田の慶応、駿河台の明治、池袋の立教と地名で大学を表現する。しかし、東京理科大は神楽坂、飯田橋、市ケ谷とも言われない。近くの四谷は上智と言われているのにである。
外堀通りのさくら並木 外堀通りのさくら並木 
外堀通りのさくら並木 外堀通りのさくら並木 
JR 総武線 市ケ谷駅 JR 総武線 市ケ谷駅 
ゴール風景 JR 総武線 市ケ谷駅 ゴール風景 JR 総武線 市ケ谷駅 

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高田馬場〜小滝橋〜神田川〜新目白通り〜神田川〜早稲田〜胸突坂