馬喰町〜甘酒横丁〜八丁堀〜銀座〜新橋
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JR主催 東京百景ウォーク 第4回 時代劇の八丁堀 受付風景(馬喰町駅) JR主催 東京百景ウォーク 第4回 時代劇の八丁堀 受付風景(馬喰町駅) 

馬喰町〜甘酒横丁〜兜町〜八丁堀〜新富町〜銀座2丁目〜三原橋〜数寄屋橋ーコリドー街〜内幸町〜新橋(総行程7.4km)
馬喰町の繊維問屋街 馬喰町の繊維問屋街 
甘酒横丁 甘酒横丁 

明治時代の初め頃、この横丁の入口に尾張屋と言う甘酒屋があったことから名付けられた。コースの反対側を歩くと、浜町の明治座が近い。
甘酒横丁 甘酒横丁 
人形町 親子丼の玉ひで 人形町 親子丼の玉ひで 

親子丼や軍鶏鍋の老舗として名高く、まだ10時過ぎなので客はいないが、食事時には長蛇の列で有名。
鎧橋 鎧橋 

この橋を渡った所に東京証券取引所がある。
鎧の渡し跡 鎧の渡し跡 

鎧の渡しは元禄年間(1688〜1704年)以来の切絵図や地誌にも記される日本橋川の渡し場で、明治5年(1872年)に鎧橋が架けられるまで存続した。
伝説では、奥州平定時に源頼義が暴風逆浪を鎮めるため鎧を投じたとか、平将門が兜と鎧を納めた所とも言われる。
兜町 東京証券取引所 兜町 東京証券取引所 
証券会社が並ぶ茅場町 証券会社が並ぶ茅場町 
平成通りを歩いて八丁堀へ 平成通りを歩いて八丁堀へ 
すずらん通りを歩いて桜橋へ すずらん通りを歩いて桜橋へ 
八丁堀三丁目 八丁堀三丁目 

敷石に十手が描かれている。
八丁堀の与力・同心組屋敷跡 八丁堀の与力・同心組屋敷跡 

初めは八丁堀は寺町だったが、寛永12年(1635年)に江戸城下拡張により玉円寺以外は郊外に移転、組屋敷が出来た。
この近くで勤務したことがあり、このような碑は見たことがない、と思ったら平成13年に作られていた。
新富町から銀座2丁目へ 新富町から銀座2丁目へ 
銀座発祥の地碑 銀座発祥の地碑 

銀座2丁目交差点の近くで、銀貨鋳造所のあったことで有名であるが、今のような繁盛は明治になってからである。
銀座東2交差点近くの場外馬券売り場 銀座東2交差点近くの場外馬券売り場 

何と言うこともない道に多くのガードマンが交通整理をしており、なんだろうと思ったらこのビルだった。
歌舞伎座 歌舞伎座 
銀座4丁目交差点 和光時計店 銀座4丁目交差点 和光時計店 
数寄屋橋 交差点 数寄屋橋 交差点 

「君の名は」で有名なせりふが飾られている。
数寄屋橋 交差点 数寄屋橋 交差点 

岡本太郎のモニュメント
日比谷コリドー街 日比谷コリドー街 
日比谷コリドー街 日比谷コリドー街 

美登利鮨本店はいつも長蛇の列で有名である。現在11:05だが11時開店の店は満席で、既に外に並ぶ人がいる。
新幸橋交差点で右折、日比谷通りへ。 新幸橋交差点で右折、日比谷通りへ。 
新橋烏森通りを新橋へ 新橋烏森通りを新橋へ 
烏森神社 烏森神社 

平将門の乱を平定した藤原秀郷がお礼に社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れ、神烏が群がるところが霊地と告げられ、この地に造営したと伝えられる。
烏森神社 烏森神社 

今にも雨が降りそうな天気で、写真が綺麗に撮れなかった。別の理由として、デジカメの電源の具合が悪く、写真がボケ気味だった。他の場所でも不良になり、後で見たらボケていて使えなかったものもあった。
新橋駅 SL広場 新橋駅 SL広場 
JR 新橋駅 JR 新橋駅 
新橋駅 日比谷口がゴール 新橋駅 日比谷口がゴール 

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