本牧市民公園〜本牧山頂公園〜山手駅
【関連サイト】 | 港風景と街並散策を楽しむ春の横浜ウォーキング(H17−05−28) | |
横浜の名園 三溪園・本牧界隈 |
間門交差点で産業道路へ 首都高湾岸線に沿っており、この頃には天候は風花から小雪状態になっていた。風があまり吹かないので、それほど寒さは感じない。 |
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本牧市民公園 産業道路から左折して入った途端に絶壁のお出迎えである。岩の名前は分らないが、大雨が降ったら今にも崩れそうな感じである。 |
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本牧市民公園 鴨が群れている。 |
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本牧市民公園 一目で中国風の四阿、と言える建物が見える。上海横浜友好園の湖心亭である。 |
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三溪園 南門 本牧市民公園から三溪園に入ることも出来るが、正門と比べ、何か物寂しい。 三渓園は、美術愛好家として知られる実業家 原富太郎(号三渓)によってつくられた広さ17.5万uの日本式庭園です。 この庭園には、四季折々の景観の中に、関西や鎌倉から集められた歴史的建造物等が巧みに配置され、国指定重要文化財建造物が10棟、市指定有形文化財が3棟のほか美術工芸品等を展示している三渓記念館があります。 |
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三溪園配置図 中央最下が南門である。 |
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三溪園説明板 | |
本牧市民公園 上海横浜友好園 湖心亭 | |
本牧市民公園 上海横浜友好園 上海横浜友好園は、上海横浜両市の友好都市提携十五周年を記念して、上海市より横浜市へ寄贈されたものです。 この友好園は、九曲橋・湖心亭・玉蘭庁からなり、中国の伝統的な庭園様式を模しており、中日の子々孫々にまで至る友好の象徴となるでしょう。 平成元年4月の日付がある。 |
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本牧市民公園 上海横浜友好園 玉蘭庁 | |
本牧市民公園 上海横浜友好園 | |
本牧市民公園 鴨が群れている。 |
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本牧市民公園 この崖の裏側に緑濃い三溪園があるとは思えない。 |
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八聖殿 郷土資料館 | |
八聖殿 郷土資料館 八聖殿は昭和8年に熊本県出身の政治家安達謙蔵氏が奈良法隆寺の夢殿を模して建てた八角形の建物です。二階講堂に八聖人像を配し、宗教や道徳に関する講演、講話また吟詠会等、精神修養の道場として使われていました。 昭和12年に横浜市に寄付されましたが、昭和20年頃までは同じように使用されていました。 |
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八聖殿 郷土資料館 本牧風致地区 本牧は江戸期より、風光明媚な海辺の絶景地として文人墨客に愛されてきました。明治になってからは居留地に住む外人達の散策の地となり、横浜市民にも広く愛されるようになりました。横浜の生糸商 原 富太郎氏がつくった三溪園が明治39年に開園し、周辺一帯は閑静な住宅地としても開けてゆきました。 |
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八聖殿 郷土資料館 | |
新本牧公園 | |
新本牧公園 | |
本牧神社 新本牧公園の突き当たりに本牧山頂公園があり、公園のふもとに本牧神社がある。 1年半前の平成17年5月のイベントでは、根岸駅から本牧山頂公園を経て、本牧神社、三溪園と逆コースを歩いた。 |
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本牧神社 | |
本牧神社 。「本牧神社本殿遷座に際し」の説明文にはこのように書かれていた。 本牧神社は本来本牧岬に張り出した出島に800年以上も鎮座していた。しかし、本牧地区は昭和21年に進駐軍による強制接収にあい、平成5年までの47年間仮遷座を余儀なくされた。米軍の接収解除により、返還地区一帯は横浜市の区画整理が行われ、神社の社有地もこの地に換地された。 |
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本牧神社 | |
本牧山頂公園 | |
本牧山頂公園 | |
JR 根岸線 山手駅 中華街や、ブティックが建ち並ぶ元町がある石川町駅と、石油精製所などの工場群が有る根岸駅に挟まれた山手駅は、田舎の駅の趣である。 |
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ゴール風景 JR 根岸線 山手駅 |