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(From H14-10-28)

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記念艦 三笠(上甲板・艦首〜艦橋〜中甲板)

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記念艦三笠 前部上甲板 主砲 記念艦三笠 前部上甲板 主砲 

右端の主砲の下に猿島が見える。
記念艦三笠 前部上甲板 主砲 記念艦三笠 前部上甲板 主砲 
記念艦三笠 艦首から見た三笠公園 記念艦三笠 艦首から見た三笠公園 
記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 

有名な日本海海戦の艦橋の図の場所であり、プレートで立っていた人の位置を示している。

上が1(東郷平八郎司令長官)、下の左から4(.秋山真之参謀)、2(加藤友三郎参謀長)、3(秋山真之参謀)である。
以前は秋山真之参謀はなかったが、今年(平成21年)秋に放映される「坂の上の雲」の主人公のためかもしれない。
記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 

東郷平八郎司令長官が立っていた場所である。
記念艦三笠 艦橋から見た帆檣 記念艦三笠 艦橋から見た帆檣 
記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 

レリーフは有名な日本海海戦の艦橋の図である。
記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 記念艦三笠 艦橋 日本海海戦指揮所 

東郷司令長官は、ここで戦闘指揮を行いました。その時の位置をデッキの上に表示しています。

1.東郷 平八郎 司令長官
2.加藤 友三郎 参謀長
3.伊地知 彦次郎 艦長
4.秋山 真之 参謀
記念艦三笠 艦橋 望遠鏡 記念艦三笠 艦橋 望遠鏡 
記念艦三笠 艦橋 記念艦三笠 艦橋 

艦長などが操艦や戦闘の指揮をするところであり、操舵輪、羅針盤、速力指示器などが置かれています。
操舵輪と羅針盤は日露戦争当時装備されていた実物です。

以前は前部司令塔として入室できたが、きれいになって鍵が掛けられている。
記念艦三笠 上甲板 記念艦三笠 上甲板 
記念艦三笠 上甲板 記念艦三笠 上甲板 
記念艦三笠 中甲板へ 記念艦三笠 中甲板へ 
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 艦橋の図 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 艦橋の図 

 明治38(1905)年3月27日、バルチック艦隊の到来を待ちうけていた連合艦隊が対馬沖にバルチック艦隊の艦影を視認し、13時53分に「Z」旗(「国の命運を賭けたこの戦いに全力を尽くせ」を意味する信号)をマストに掲げ、バルチック艦隊に近接を開始した時の「三笠」艦橋の様子を描いた絵です。
 東郷司令長官は皇太子殿下から拝領の名刀一文字吉房を帯び、高倍率双眼鏡を胸にし、バルチック艦隊の進路を押さえる位置につくため、転舵の好機を計りました。14時5分、8000mまで近接した時に大回頭(東郷ターン)が発令され、バルチック艦隊との戦いが始まりました。
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 艦橋の図 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 艦橋の図 
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 「三笠」の艦首飾り 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 「三笠」の艦首飾り 
記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 「三笠」の艦首飾り 記念艦三笠 中甲板 日露戦争資料室 「三笠」の艦首飾り 

イギリス海軍の呼称Royal Navyに倣い、日本海軍は、明治31年(1898)6月に巡洋艦以上の軍艦に「皇室のご紋章である菊花紋」を艦首につけるよう定め、帝国海軍(Imperial Japanese Navy)と呼称しました。
この紋章は竣工から昭和62年(1987年)まで「三笠」艦首につけられていたものです。
記念艦三笠 上甲板 艦首 記念艦三笠 上甲板 艦首 
記念艦三笠 上甲板 艦尾主砲 記念艦三笠 上甲板 艦尾主砲 
記念艦三笠 上甲板から見た三笠公園 記念艦三笠 上甲板から見た三笠公園 

円形の芝生の中に東郷元帥像がある。
記念艦三笠 三笠公園 記念艦三笠 三笠公園 



 
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