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京急 本線 上大岡駅 
【撮影記録】
平成23年 4月 30日 薄曇り 時折 晴れ
10:35〜13:40 18.700歩(概算 14.0km 地図上の距離 13.0km)
本線 上大岡駅〜〜打越交差点〜屏風浦駅〜杉田駅〜京急富岡駅〜能見台駅〜名刹 称名寺(金沢文庫)〜金沢文庫駅
営業距離 8.7km 駅数 5
時折晴れるものの、薄曇りでそれほど蒸すこともなく歩いた。歩くにつれ、6年前と同じ所あり、変わった所や、思い出せない場所もあった。今回の目玉は名刹称名寺(金沢文庫)であるが、こんなにきれいな寺だったか、と改めて思った。 |
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鎌倉街道(県道21号) 上大岡駅 駅前風景  |
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鎌倉街道(県道21号) 関ノ下交差点で左折、笹下釜利谷道路(県道22号)へ 
駅前を歩いてすぐに関ノ下交差点に着いたのには驚いた。 |
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鎌倉街道(県道21号) 関ノ下交差点で左折、笹下釜利谷道路(県道22号)へ  |
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鎌倉街道(県道21号) 関ノ下交差点で左折、笹下釜利谷道路(県道22号)へ 
「笹下釜利谷」は、「ささげ・かまりや」と読む。 |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 横浜刑務所 
表札がなければ刑務所とは思えない。企業の研究所風の建物である。 |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 笹下台団地入口交差点 
団地は左折してかなりの急坂を上って行く。撮らなかったが、この一帯は横須賀によくあるように、「急傾斜地崩壊危険区域」として等高線付きの地形図に危険区域が表記されている。 |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 打越交差点で左折、環状2号へ  |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 鰻の井戸 
笹下台団地入口交差点の少し先で、駐車場のような民家の敷地の角に設けられており、見落としかねない。 |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 鰻の井戸 
「鎌倉幕府の文永年中(1264〜75)、北条実時が六浦荘金沢(金沢区金沢町)の居館で病に倒れたとき、良医良薬を尽くしたが快復の験がなく、そこで日頃信する紀伊那智山(和歌山県)の如意輪観音を祈念したところ、実時の枕神に如意輪観音が立ち「是地より西北の間に当たり、行程二里余りの里に腐り井あり、此の中の水を汲み来たりて服用すれば汝の病立ち所に快気あるベし。また井の内に二匹のうなぎあり、かしらに斑紋あり、是ぞ汝の命を救ふ霊物也。早く取り寄せ服すベし。」と告げた。実時むっくリ起きあがり使者をつかわした。井の辺に来てみると野草は生茂り、誰も汲むものがいなく様子を見ていたが、実時の命なので汲もうとしたところ、二匹のうなぎが浮き出して水を呑んだので、此の水を汲み館に帰った。早速様子を言上し彼の水を一盃進めるとー日一夜にて病は全快した。実時、紀伊国那智山に代参を立て、また自ら此の井に尋ね来て様子を見てみると、以前のうなぎ井中に泳いでいた。是より此の井をうなぎの井と名付け、井垣を設えた。これより諸国にうなぎの井の名流布し、諸人群集りて此の水を汲んで病を退けた。実時没後、此の井のうなぎ二匹ともいつとなく消え失せて、里人も行方も知らず。」と書かれた縁起書が在ると「金澤文庫の研究」(関靖著)に記載されています。この縁起書は、原本が港南区笹下の三河屋に在ったものの写本と伝えられています。 |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 笹下郵便局前交差点  |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 打越交差点で左折、環状2号へ  |
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笹下釜利谷道路(県道22号) 打越交差点で左折、環状2号へ  |
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環状2号 清水坂を上る  |
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環状2号 清水坂を上る  |
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環状2号 直進して国道16号へ 
自動車専用の屏風ヶ浦バイパスの入口があり、高架を一旦右に進んですぐ左に曲がっていく。 |
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環状2号 屏風ヶ浦バイパスの高架下を進む  |
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環状2号 屏風ヶ浦駅前交差点で右折 
京急本線の高架下をくぐってすぐにある交差点で右折する。 |
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京急 本線 屏風浦駅  |