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目黒線沿いに西進  |
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目黒線沿いに西進  |
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田園テニス倶楽部(旧 田園コロシアム) 
かつては昭和11年オープンの田園コロシアムとして一世を風靡したが、施設の老朽化、有明コロシアムのオープンなどから平成元年に閉鎖され、敷地はマンションなどになった。 |
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目黒線 多摩川駅 
目黒と蒲田とを結ぶ目蒲線が目黒線と多摩川線とに分離された時、多摩川園駅が多摩川駅に改称された。 |
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多摩川駅 浅間神社  |
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多摩川駅 浅間神社  |
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多摩川駅 浅間神社  |
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多摩川駅 浅間神社 富士講中興の祖 食行身禄之碑 
碑文は勝海舟の直筆である。 |
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多摩川駅 浅間神社 
当浅間神社は、今から約八百年前、鎌倉時代の文治年間(一一八五〜九〇)の創建と伝えられます。右大将源頼朝が豊島郡滝野川に出陣したおり、夫の身を案じ、後を追って来た妻政子は、わらじの傷が痛み出し、やむなくここで傷の治療をすることになりました。
逗留のつれづれに亀甲山へ登ってみると、富士山が鮮やかに見えました。富士吉田には、守り本尊の「浅間神社」があります。政子は、その浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身につけていた「正観世音像」をこの丘に建てました。村人連はこの像を「富士浅間大菩薩」と呼び、永く尊崇しました。これが「多摩川浅間神社」のおこりです。 |
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多摩川駅 浅間神社 東急東横線鉄橋  |
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多摩川駅 浅間神社 中原街道 丸子橋  |
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中原街道 多摩川に架かる丸子橋  |
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中原街道 多摩川に架かる丸子橋 
左奥に再開発中の武蔵小杉の高層マンション群が見える。左端は南武線向河原駅前のNECビルである。 |
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中原街道 多摩川に架かる丸子橋 
上流側に東横線の鉄橋が架かる。 |
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中原街道 多摩川に架かる丸子橋  |
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中原街道 丸子橋交差点 
丸子橋を渡り、丸子橋交差点で中原街道は右に進み、左折すると綱島街道になる。都道2号線 中原街道は普通の県道となり、綱島街道が県道2号線となる。 |
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中原街道 丸子橋交差点で左折、綱島街道へ  |
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綱島街道を南下 
綱島街道は武蔵小杉、日吉、菊名を経て横浜で国道1号に至る。 |
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綱島街道 新丸子交差点で右折  |
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目黒線 新丸子駅商店街  |
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目黒線 新丸子駅  |
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目黒線沿いに西進 
綱島街道は目黒線から離れており、武蔵小杉までは線路沿いに歩く。 |
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武蔵小杉駅前交差点で南武沿線道路に着く 
東急目黒線・東横線の線路後方に再開発中の高層マンションが見える。 |
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JR 南武線 武蔵小杉駅 駅前風景  |
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JR 南武線 武蔵小杉駅 
武蔵小杉駅は、東急線とJR南武線とが直角に交差する。北側は中原区役所をはじめ、日本医科大、NTTなどの企業が入る高層ビルが立ち並び、南側は居酒屋やパチンコ店などがある下町風の街である。 |
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目黒線 武蔵小杉駅 
JR武蔵小杉駅から連絡通路を渡ってくると、東急の改札口に着く。 |
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目黒線 武蔵小杉駅  |