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祐天寺駅〜学芸大学駅〜都立大学駅
祐天寺駅〜学芸大学駅〜都立大学駅
駒沢通りの「けこぼ坂」を上って南西に進み、目黒区総合庁舎を経て祐天寺に着く(別ページに整理)。目黒税務署前交差点で右折、祐天寺駅通りを北上して祐天寺駅に寄った後駒沢通りを進み、祐天寺二丁目交差点、十日森稲荷神社と過ぎ、東横線ガード下のすぐ先の五本木交差点で左折、鷹番通りへ入って東横線の高架手前で右折して進むと学芸大学駅である。東口商店街を東進し三菱UFJ銀行角で右折、鷹番通りへ戻って南下、田向公園北交差点で右折して目黒通りへ進む。ダイエー碑文谷店がある碑文谷交差点を過ぎ、柿の木坂陸橋交差点で環七通りを渡って柿の木坂を下り、東横線のガード下を進む。都立大駅前交差点で左折すると都立大学駅である。
中目黒 祐天寺散策H251112
駒沢通りの「けこぽ坂」上に祐天寺があり、山門の先の仁王門から続く参道の先に本堂がある。祐天寺は、享保3年(1718)祐天上人を開山と仰ぎその高弟祐海上人が創建した寺院で、祐天上人は増上寺第36代の大僧正で徳川家5代〜8代までの歴代将軍の帰依を受けた。仁王門は享保20年(1735)の建立で、五代将軍綱吉の息女竹姫が寄進した。梵鐘は享保13年(1728)に6代将軍徳川家宣(文昭院)の17回忌追善のため、正室天英院一位夫人(煕子)が鐘楼とともに寄進した。鐘楼隣のかさね塚の由来には、祐天上人による累一族の怨霊鎮め(怪談 累ヶ淵)が記されている。阿弥陀堂は、五代将軍徳川綱吉の息女竹姫の寄進で、享保9年(1724)4月に上棟された。道路を隔てて東にある墓所には大正天皇御生母の柳原一位局之墓や、東京都史跡の祐天上人之墓がある。
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