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目黒通り 早々と売りだされているクリスマスグッズ
まだ11月中旬に入ったばかりなのにジングルベルが流れている。 |
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目黒通り 中根交差点で左折、自由通りへ |
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目黒通り 中根交差点で左折、自由通りへ
自由通りは都道426号だが、片道ぎりぎり1車線の狭い道で、自由が丘を経て奥沢に向かう重要道路には見えない。 |
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自由通り 狭い道の坂を下る |
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自由通り 亀屋万年堂 総本店
亀屋万年堂は東横線沿線に店を展開する和菓子店で、巨人時代の王の「ナボナはお菓子のホームラン王です」のCMや、先輩である国松が先代社長の婿となって会長に就任していることで有名である。 |
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自由が丘駅前 ひのき通り ひかり街
自由通りはこの手前の踏切で左折して南下、奥沢駅に向かう。踏切からは東横線沿いの「ひのき通り」となり、左にショッピングモールの「ひかり街」が続く。
自由が丘駅周辺は一方通行の狭い道が四通八達しており、それぞれに樹木などの名前が付けられているが、代表的な山手なのに、下町風のゴチャゴチャ感が強い街である。 |
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東横線 自由が丘駅(正面口) |
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自由が丘駅 北口風景
飲食店が建ち並び、おしゃれな自由が丘とは真逆な下町風景である。 |
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自由が丘駅 北口風景 |
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自由が丘駅 正面口風景 |
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自由が丘駅前 若草通りを西進
駅正面ロータリー口の左手(北側)にある有名和菓子店「蜂の家」横の若草通りを進む。みずほ銀行や野村證券があり、写真でも分かるように狭い道であるが、この先がメープル通りとなって洒落たレストランやブティックが並ぶ街となる。 |
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若草通り 横浜銀行手前交差点で左折、学園通りへ
右折して少し歩くと自由が丘学園高校がある。昭和2年に自由が丘学園が設立され、当初は幼稚園から中学校(旧制)まであったが、現在は高校のみとなっている。道路名はこの学園に因む。 |
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学園通り 大丸ピーコック 自由が丘店 |
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学園通り 大井町線踏切を渡る
踏切の左に大井町線の自由が丘駅が見える。 |
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学園通り 奥沢六丁目交差点
交差点で右折して等々力通りに入ると大井町線と並行しており、上野毛駅まで続く。 |
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玉川田園調布交差点で環八通りを渡る |
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玉川田園調布一丁目交差点で左折
交差点には、住宅街なので、東急バスは静かに走るように、との指示看板が立てられている。この一帯が高級住宅街で知られる田園調布である。 |
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田園調布住宅街を南下
さすがは田園調布、と思わせる大きな住宅が建ち並び、閑静である。
写真では分かりにくいが、田園調布駅を中心とし、放射状の道路が並木道となっており、それらを結ぶ同心円上の道が写真の左右の道路である。地図で見るとそのことが明確に分かり、同じような町並みは日吉駅西側にもある。但し、日吉は田園調布のような閑静さや高級感はない普通の街である。 |
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目黒線 田園調布駅 西口風景、復元駅舎
屋根がマンサード・ルーフという欧州中世紀の民家がモデルといわれる復元駅舎であるが、エレベーターで1階の改札口に向かう。直接構内に入ることはできない。 |
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田園調布駅 西口風景
田園調布駅は目黒線と東横線とが接続し、駅舎の西側はいわゆる高級住宅街で、駅を中心とした同心円状の道路と、放射線の道路が特徴である。同じ形態は日吉駅にもある。
バラで飾られた泉の中央に田園調布の由来の碑があり、以下の内容である。
この広場を中心とする凡そ八十万平方米の地域は、明治文化の先覚者渋沢栄一翁が我国将来の国民生活の改善の為に当時漸く英米に現れ始めた「田園都市」に着目して、都会と田園との長所を重ねた模範的住宅地を実現させようと念願して、既にあらゆる公的関係から退かれた後であるにも拘らず自ら老躯を運んで親しく土地を選定された所であります。
以下略
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東横線 田園調布駅 |