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赤穂義士祭 泉岳寺(赤穂義士 墓所〜境内〜山門)

【関連サイト】   赤穂義士祭 自刃の遺跡巡り(泉岳寺、自刃四藩邸、荻生徂徠墓所)H241214(泉岳寺駅〜赤穂義士祭の泉岳寺H241214)

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赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 墓所門 赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 墓所門 

墓所門の右で1束100円の寄進料で線香を買い、係員が火をつけて竹筒を半分に割った器に入れて持ち運び出来るようにしてくれる。

ほとんどの人が寄進するので長い列が出来る。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 

15年前(平成14年)に義士祭の300年祭が行われた。その時初めて泉岳寺に来たが、11時頃だったので墓所に入るのに待ち時間60分となり、なんとか30分で墓所に入れた。しかし、殆んど列は動かず、線香に炙られて目や喉が痛くなり、入ってすぐに出るというひどい目にあった。そのため、5年前(平成24年),今年と10時前に入るようにしている。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野家墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野家墓 

墓所の配置が変わっており、以前は墓所門を入ってすぐに右に浅野内匠頭長矩夫人(瑶泉院)之墓があり、その左奥に浅野長矩公之墓があった。それが無くなり、浅野家墓が立っているのに驚いた。

以前は義士の墓所入口に義士墓解説の案内があり、そこには浅野内匠頭長矩夫人(瑶泉院)之墓は墓所門傍にあった。この案内は探したが見当たらなかった。

義士の墓は石垣に囲まれた一画にあり、大石内蔵助の墓は墓所の右奥角で、石垣を挟んで浅野内匠頭の墓と並んでいる。大石主税の墓は墓所の左角である。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野長矩公之墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野長矩公之墓 

石垣を挟んで浅野長矩公之墓の左に大石内蔵助の墓がある。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野内匠頭長矩夫人(瑶泉院)之墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 浅野内匠頭長矩夫人(瑶泉院)之墓 

浅野内匠頭長矩夫人(瑶泉院)之墓は、浅野長矩公之墓の隣に移されていた。両者の間には綱で仕切られており、瑶泉院の墓に立ち入ることは出来ない。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 

義士祭は9時からで、現在は10時であるが、線香の煙で墓所は烟っており、むせ返る人もいる。

墓所の奥の横列と右の列は細川家(17名)、手前は水野家(9名)、左の列は松平家(10名)、中央は毛利家(10名)である。

尚、切腹したのは46人であるが、墓所には48人の墓がある。討ち入りには参加したが謎の失踪をして後に自首したが死罪にならなかった遂道退身信士(寺坂吉右衛門)、討入り前に切腹した刃道喜剱信士(萱野三平)の墓は供養墓である。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預けの義士の墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預けの義士の墓 

15年前(平成14年)の300年祭の時はただ墓石が並んでいるだけだったが、5年前(平成24年)には墓所入口には案内図が設置され、誰がどこに葬られているのかが分かるようになった。さらに名札が建てられており、分かりやすくなっている。名札には俗名と行年が記載されている。切腹した義士の戒名には命名法により「刃」、「劔」が入っている。

戒名の法則

右に俗名の浅野内匠頭家来大石内蔵助良雄、左に行年四十五歳と書かれている。中央が戒名で、本来の忠誠院空浄居士が刃劔で囲まれている。即ち忠誠院「刃」空浄「劔」居士である。
これは名誉刑の切腹をした義士とはいえ罪人であり、自刃した武士の戒名の命名法である。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預けの義士の墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預けの義士の墓 
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預け 大石内蔵助良雄之墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 細川家御預け 大石内蔵助良雄之墓 

戒名の法則

右に俗名の浅野内匠頭家来大石内蔵助良雄、左に行年四十五歳と書かれている。中央が戒名で、本来の忠誠院空浄居士が刃劔で囲まれている。即ち忠誠院「刃」空浄「劔」居士である。
これは名誉刑の切腹をした義士とはいえ罪人であり、自刃した武士の戒名の命名法である。
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 松平家御預けの義士の墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 松平家御預けの義士の墓 
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 松平家御預けの大石主税良金之墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 松平家御預けの大石主税良金之墓 
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 水野家御預けの義士の墓 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る義士墓所 水野家御預けの義士の墓 
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 義士祭のポスター 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 義士祭のポスター 
赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 赤穂義士祭の泉岳寺 線香の煙で烟る赤穂義士墓所 
赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 参道の階段を下りる 赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 参道の階段を下りる 
赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 参道下にある赤穂義士記念館 赤穂義士祭の泉岳寺 赤穂義士墓所 参道下にある赤穂義士記念館 
赤穂義士祭の泉岳寺 参道を進み山門へ 赤穂義士祭の泉岳寺 参道を進み山門へ 
赤穂義士祭の泉岳寺 山門前の土産物店 赤穂義士祭の泉岳寺 山門前の土産物店 

左の切腹最中は、以前は日比谷通りの新橋4丁目交差点にあった浅野内匠頭 終焉之地碑前にあり環二通り(通称 マッカーサー通り)工事のため移転した新正堂の銘菓である。
志ほ万は赤穂のかん川本舗の銘菓で、上品な甘さと塩味の塩饅頭である。

新入社員と課長時代を過ごした倉敷勤務時に赤穂を訪れた時に必ず志ほ万を買い、後に東京に戻り日比谷公園にあった本社から昼の散歩で新橋に行った時に切腹最中を知った。切腹最中は年末の赤穂義士祭の番組でよく取り上げられており、上司や顧客への謝罪に添える菓子として宣伝されている。
赤穂義士祭の泉岳寺 中門 赤穂義士祭の泉岳寺 中門 



 
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