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代官町通り みたけばし陸橋を渡り北桔橋門へ |
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東御苑 北桔橋門 |
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東御苑 北桔橋門から見た乾濠
北桔橋門に向かって右手の風景である。 |
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東御苑 北桔橋門から見た平川濠
北桔橋門に向かって左手の風景で、円筒のビル付近には竹橋交差点の毎日新聞本社がある。 |
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東御苑 北桔橋門から見た天守台
北桔橋門から入ると、目の前に天守台跡の石垣が壁のように聳え立つ。 |
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東御苑 天守台、桃華楽堂
石垣に沿って左に進むと桃華楽堂が見える。 |
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東御苑 桃華楽堂
香淳皇后の還暦を記念して建てられた音楽堂で、1966年(昭和41年)に完成しました。八角形の建物で、屋根は、テッセンの花弁を形どっています。八つある壁面は、各面とも大きく羽ばたく鳥を中央に、それぞれ日月星、松竹梅、楽の音などをイメージした図柄が陶片で描かれています。香淳皇后のお印の「桃」にちなんで命名されました。
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東御苑 桃華楽堂 |
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東御苑 天守台
最初の天守閣は、1607年、二代将軍秀忠の代に完成しましたが、その後大修築され、1638年、三代将軍家光の代に、江戸幕府の権威を象徴する国内で最も大きな天守閣が完成しました。外観5層、内部6層で、地上からの高さは58メートルありました。しかし、わずか19年後の1657年、明暦の大火(振り袖火事)で、飛び火により全焼し、以後は再建されませんでした。 |
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東御苑 天守台 |
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東御苑 天守台 |
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東御苑 天守台
これが天守台、と思うほど狭い場所である。 |
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東御苑 天守台から見た新雪の本丸大芝生 |
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東御苑 新雪の本丸大芝生
立ち入り禁止の大芝生広場であるが、いくつもの足跡が付いている。それでも数は少なく、雪の白さが際立って美しい。 |
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東御苑 新雪の本丸大芝生 |
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東御苑 新雪の本丸大芝生 |
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東御苑 新雪の本丸大芝生
遠くに天守台の茶色の石垣が見える。 |
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東御苑 中雀門跡
中雀門後を出て左折し、坂を下る。 |
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東御苑 大番所前
坂を下った正面に大番所があり、右に曲がると百人番所である。
「番所」とは、警備の詰所のことで、百人番所、同心番所とこの大番所の3つが残っています。中之門の側に設けられ、他の番所よりも位の高い与力・同心によって警備されていました。手前の坂を上ったところが本丸の入口で、中雀門がありました。 |
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東御苑 百人番所
本丸と二の丸へ通じる要所である大手三之門の前に設けられた番所です。鉄砲百人組と呼ばれた、甲賀組、伊賀組、根来組、二十五騎組の4組が昼夜交代で詰めていました。各組には同心が100人ずつ配属されていました。 |
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東御苑 百人番所前広場
百人番所前の広場で左手に曲がると、白鳥濠、二の丸庭園に向かう。汐見坂や、梅林坂から本丸に向かうことが出来る。 |
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東御苑 百人番所前広場 案内図
右が北で上のブロックは本丸、下のブロックは二の丸庭園である。現在地はブロックの間でやや左である。 |
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東御苑 同心番所
「番所」とは、警備の詰所のことで、百人番所、大番所とこの同心番所の3つが残っています.城の奥の番所ほど、位の上の役人が詰めていました。ここには同心が詰め、主として、登城する大名の供の監視に当っていました。 |
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東御苑 三の丸尚蔵館
三の丸尚蔵館は,皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの美術品類が平成元年6月,国に寄贈されたのを機に,これら美術品を環境の整った施設で大切に保存・管理するとともに,調査・研究を行い,併せて一般にも展示公開することを目的として,平成4年9月に皇居東御苑内に建設され,翌年11月3日に開館しました。
なお,平成8年10月に故秩父宮妃のご遺贈品,平成13年4月に香淳皇后のご遺品,さらに平成17年10月には故高松宮妃のご遺贈品が加わり,現在約9,500点の美術品類を収蔵しています。 |
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東御苑 三の丸尚蔵館
紅梅がきれいである。 |
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東御苑 大手門 |
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東御苑 大手門
大手門に限らず、江戸城の門は枡形門である。 |