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掲示板(一言どうぞ) |
観光バスの駐車場から東の総門より大徳寺に入る。秋の特別公開の3箇所のうち、興臨院、織田信長の菩提寺である総見院を拝観した。金毛閣(山門)前の参道が右折する角にある興臨院を拝観後北上、仏殿、法堂、石田三成の墓所である三玄院と過ぎて突き当りの宗務本所で左折してすぐの総見院に至る。拝観後に参道を戻り、総門を出て妙心寺に向かう。興臨院、総見院については別ページにまとめた。 興臨院は能登の戦国大名・畠山義総が創建し、畠山氏が衰退した後も、前田利家によって修復が行われた。表門(重文)から入り石庭が美しい重要文化財 方丈前庭園を見た後、西庭園で貝多羅樹の説明を受ける。その葉は古代印度で竹筆で経文を書写するに用いられ、「葉書」の名の由来となった。方丈の縁を歩き、茶室「涵虚亭」を見た後、花頭窓から見る方丈前庭園が評判の唐門(重文)を出る。 織田信長の菩提寺である総見院は、9年前(平成22年)に立ち寄ったが、非公開だった。本堂で総見院についての案内と見物があるが、指定の時刻には余裕があるので織田一族の墓所を先に見物することにした。入口に 秀吉公が千利休から譲り受けて植えたものと伝えられている侘助椿がある墓地の奥に織田一族の墓所があり、信長を始め、嫡男信忠、次男信雄などの7基の五輪塔の他に、正室濃姫(帰蝶)、側室お鍋の方、松平信康の正室徳姫の墓がある。理由は不明だが、柴田勝家と組んで自害させられた3男信孝、11男長益(有楽斎)はない。本堂で有名な織田信長像を拝観したが、残念ながら撮影厳禁である。その後境内散策で3ヶ所の茶室、織田信長像が総見院に戻った特に利用された輿、加藤清正が朝鮮から持ち帰った石を利用した掘り抜き井戸などを見物した。 |
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