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伊勢佐木町通りを北上 伊勢佐木町入口交差点 吉田橋関門跡
安政六年(一八五九)六月二日、横浜が開港となって交易、貿易港として栄えるにしたがい、幕府は、開港場の施設の充実にあたり、陸路である東海道からの横浜路を開設するとともに、当時、伊勢山下から都橋付近まで入海であったことから木橋を設け、その後、本橋が吉田新田から架橋されたことより「吉田橋」と呼ばれました。
吉田橋が設置されてからは、当地は交通の中心地となり、その治安を図るため橋のたもとに関門を設け、武士や町人の出入りを取り締まりました。
関門は、当初港町側に設けられましたが、文久四年(一八六四)二月に吉田町側に移設されました。
関内、関外と言う呼び名はこのとき以来で、関内は馬車道側、関外は伊勢佐木町側を指し、その関門は明治四年に廃止されました。 |
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伊勢佐木町通りを北上 伊勢佐木町入口交差点 吉田橋関門跡 |
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馬車道通りを北上 |
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馬車道通りを北上 馬車道交差点で右折、尾上町通り(国道16号)へ |
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尾上町通り(国道16号) 尾上町交差点
尾上町交差点で左折すると関内大通りに、右折すると国道16号が分離して南下する。この交差点から先は尾上町通りとなる。 |
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尾上町通り 関内桜通り
尾上町交差点の次の交差点で左折すると関内桜通りと書かれた小さな看板が交差点角に立てられている。 |
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尾上町通り 尾上町一丁目交差点 横浜市庁 |
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尾上町通り 尾上町一丁目交差点 ベイスターズ通り
もともと「関内仲通り」という名前だったが、1998年の横浜ベイスターズの日本一を記念して、このような名前になった。
権藤監督の元、西武を4勝2敗で破り、38年ぶり2度目の日本一となった。 |
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尾上町通り 尾上町一丁目交差点 ベイスターズ通り |
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尾上町通り 市庁舎前交差点でみなと大通りを渡り、横浜公園へ |
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横浜公園 横浜スタジアム沿いに北上 |
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横浜公園 水の広場
水が張られているのを見たことがないが、「水」の広場である。四隅に動物の像があり、手前が獅子、左に馬、右に龍、獅子の向かいにイルカがある。 |
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横浜公園 噴水 |
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横浜公園 横浜公園交差点を出て 日本大通りへ |
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横浜公園 横浜公園交差点を出て 日本大通りへ |
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横浜公園 横浜公園交差点を出て 日本大通りへ
旧外国人居留地と日本人街を区分する街路で、慶応2年(1866)の大火災後に防火帯を兼ねて計画・整備された日本における近代街路の発祥地である。当初は12mの中央車道の左右に3mの歩道と9mの植樹帯が設けられていた。 設計者ブラントンは、横浜公園や旧居留地下水道など横浜の都市基盤整備に主導的な役割をはたしたイギリス人技術者である。沿道には、神奈川県庁本庁舎、旧英国総領事館、旧横浜商工奨励館、旧横浜地方裁判所、三井物産横浜ビルといった歴史的建造物が集積し、横浜でも有数の歴史的景観を形成している。 |
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日本大通り 新緑が美しい名所のイチョウ並木を北東に歩く |
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日本大通り 新緑が美しい名所のイチョウ並木を北東に歩く |
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日本大通り 新緑が美しい名所のイチョウ並木を北東に歩く |
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日本大通り 港郵便局前交差点で右折、本町通りへ
神奈川県庁は独特の和風の塔がついた帝冠様式で知られる。 |
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日本大通り 港郵便局前交差点で右折、本町通りへ |