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築地、鉄砲洲稲荷、佃島の江戸遺構散策H260916
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地図上の歩行距離 5.1km(システムの機能上、実際のルートと違う場所があります) Nkm/Mkm N:区間距離、M:起点からの累積距離
経路 A:築地駅〜新大橋通り〜築地場外市場〜B:築地 波除神社(0.7km)〜晴海通り〜C:築地本願寺(0.4km/1.1km)〜
築地川公園(旧備前橋)〜D:聖路加看護大学(1.0km/2.1km)〜聖ルカ通り〜E:セントルークスタワー(0.5km/2.6km)〜
鐵砲洲通り〜F:鉄砲洲稲荷(0.8km/3.4km)〜中央大橋〜住吉神社〜G:月島駅(1.7km/5.1km)
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築地場外市場〜築地本願寺〜聖路加国際病院
築地駅から新大橋通りを南西に進み、築地四丁目交差点で右折、もんぜき通り(新大橋通り)の築地場外市場を歩く。市場橋交差点で左折、波除通りへ入り築地場外市場を散策して、突き当たりにある波除神社で左折する。波除稲荷神社は、約350年前、江戸開府に伴う市街整備のの築地埋め立ての際、激しい波や風によって困難を極めた工事を無事に治めたといわれる御神体か祀られており、大きな天井大獅子、お歯黒獅子が有名である。波除通りを進み、突き当りの軍艦操練所跡の案内板がある築地六丁目交差点で左折、晴海通りへ出て北上する。
晴海通りにある南門から築地本願寺に入り、古代インド仏教様式の外観の本堂に入る。本堂には自由に立ち入ることが出来、内部は椅子席で、教会のようである。正面には阿弥陀如来が、正面右には宗祖親鸞聖人御影がある。駐車場にもなる本堂前広場左側には日清、日露両戦役を中心に記念碑や塔がある。 由来を書いた案内がないものがあり、篆書で読めないものもある。満州軍総参謀長陸軍大将児玉源太郎書の凱旋釜の碑、台湾物故者の霊碑、日露戦争の後備第一師団記念碑などがある。
新大橋通りの築地本願寺前交差点で左折し、築地本願寺の北側を進む。築地川公園(備前橋跡)の先の築地七丁目交差点で左折し、区立あかつき公園前を北東に進んで突き当りで左折、聖ルカ通りへ入る。突き当りの右手には日本近代文化事始の地があり、聖ルカ通りの聖路加看護大学の南西角の交差点には芥川龍之介生誕の地碑と浅野内匠頭邸跡の碑がある。聖ルカ通り沿いに聖路加看護大学のキャンパスを歩いて日本近代文化事始の地(慶応義塾発祥の地、蘭学の泉はここに)、立教学院発祥の地碑、聖路加国際病院トイスラー記念館と経て、タイムドーム明石の先で聖ルカ通りの突き当りを左折すると、目の前にセントルークスタワーが聳え立つ。左折して中央区道412号を歩き、聖路加国際病院に着く。
鐵砲洲稲荷神社〜中央大橋〜住吉神社
佃大橋交差点を過ぎて鉄砲洲通りを北上、時代小説にも登場し、富士塚で有名な鐵砲洲稲荷神社に着く。鉄砲洲通りを進み、湊町一丁目交差点で右折して亀島川に架かる南高橋を渡り、住友ツインビル前交差点で右折、八重洲通りへ進む。 南高橋の右手には亀島川水門があり、亀島川は隅田川に流れこむ。亀島川水門は隅田川テラスの始まりで、黄金の江戸湊の大碇がある。八重洲通りを南下、隅田川に架かる中央大橋を渡って右折して佃公園に入る。
高層マンション群のリーバーシティ21や佃大橋、明石町のセントルークスタワーを眺めながら隅田川沿いに桜並木の佃公園を南下する。灯台広場のモニュメントの石川島灯台は、慶応2年(1866年)に石川島人足寄場奉行清水純崎が人足の手で寄場南端に常夜灯を築かせたもので六角二層の堂々たる灯台であった。佃堀に架かる住吉小橋を渡ると住吉神社の銅製の大鳥居(一の鳥居)があり、有栖川宮幟仁親王書の陶製の扁額が掛る正面鳥居から住吉神社に入る。南門から出て、大幟の柱・抱が埋設されて保存されている佃小橋を渡り、佃堀沿いに歩き左折、佃大橋通りを歩く。初見橋交差点で左折、清澄通りへ出るとすぐ先に都営大江戸線/東京メトロ有楽町線の月島駅がある。
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