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第一京浜 磐井神社 磐井の井戸
当社社名の由来となったこの井戸.「磐井」と呼ばれる古井で.東海道往来の旅人に利用され.霊水又は、薬水と称されて古来有名である。
この位置はもと神社の境内であったが、国道の拡幅により、境域がせばめられたため、社前歩道上に遺存されることになった。
土地の人々は、この井戸水を飲むと、 心正しければ清水、心邪ならば塩水、という伝説を昔から伝えている。 |
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第一京浜 磐井神社 磐井の井戸 |
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第一京浜 磐井神社
延喜式に伝わる古社で、祭神に岩清水八幡を勧請し、鈴ヶ森八幡宮と称された。境内に祀る弁財天は古くより「笠嶋の祠」として名高く、また鈴ヶ森の地名の元になったという鈴石、烏の模様のある烏石や、第一京浜国道沿いの鳥居前にある磐井の井戸など、文化財が多い。 |
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第一京浜 旧東海道 美原通り入口
平和島口交差点から100mほど南にあり、第一京浜は大きく右に曲がり、片道1車線の道が旧東海道の美原通りである。分岐点に交番がある。 |
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第一京浜 大森神社 |
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京急 本線 平和島駅 |
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第一京浜 大森東交差点で環七通りを渡る |
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第一京浜 大森警察署前交差点
大森警察署前交差点で産業道路(都道131号)が分岐し、大鳥居交差点で環八通りと交差し、川崎の工場地帯に向かう。 |
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第一京浜 大森町駅入口交差点 |
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京急 本線 大森町駅 |
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第一京浜 高架化工事が進む京急本線
高架は出来ているが、よく見ると上り(品川)方向にのみ電線が架設されている。下り方面は従来の線路を走る。そのため、大森町駅のように、下り専用の改札口が設けられている。 |
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第一京浜 梅屋敷駅入口交差点 |
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京急 本線 梅屋敷駅
高架化工事が終っていないので改札口が上下で分かれるなど、多少不便である。 |
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京急 本線 梅屋敷駅 |
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第一京浜 梅屋敷公園 明治天皇行幸所 蒲田梅屋敷 |
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第一京浜 梅屋敷公園 |
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第一京浜 梅屋敷公園 |
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第一京浜 梅屋敷公園 里程標(復元)
昔、梅屋敷山本家の門の横に自然石の里程標の石碑がありました。その高さは一メートルほどでその表面には、
距日本橋三里十八丁
蒲田村 山本屋
と刻されていたと伝えられています。
木戸孝充、伊藤博文らが梅屋敷で新年宴会を開いた際、二人が合作したー幅中の木戸孝允の画にも描かれていました。戦後里程標は姿を消しましたが資料をもとに復元しました。 |
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第一京浜 梅屋敷公園 里程標(復元) |
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第一京浜 梅屋敷公園 梅屋敷と和中散売薬所跡
和中散は、食あたり、暑気あたり等に効く道中常備薬として作られ、旅人に珍重された。元禄から正徳(1688年〜1716年)にかけて大森村中原、谷戸、南原に三店が開業した。このうち南原にあった店が、後に北蒲田村の忠左衛門に譲られ、この地に移転したと言う。
文政年間(1818〜1830年)の始め、子の久三郎の代に、庭園に梅の名木を集め、休み茶屋を開木、梅屋敷として有名になった。 |
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第一京浜 東蒲田二丁目交差点で多摩堤通り(都道11号)を渡る |
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第一京浜 東蒲田二丁目交差点で多摩堤通り(都道11号)を渡る
右には巨大な駅と化した京急蒲田駅が見える。 |
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京急 本線 京急蒲田駅 |
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第一京浜 「環八通り唯一の踏切解消」 のポスター
蒲田駅の壁に貼られていたポスターである。
平成22年9月26日(日)に環状8号線の踏切付近で、下り線の高架切替えを実施しました。
これにより、事業全線の高架化に先立ち、環状8号線で唯一残っていた踏切を含む4箇所の踏切が解消し、交通渋滞の解消や道路と鉄道の安全性が向上します。 |