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観音埼灯台散策

【関連サイト】   観音埼灯台(H17−08−06)


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観音崎灯台 観音崎灯台 

入場料200円で、小ぶりな灯台で、展望台は数名で精一杯である。

明治維新を二年後にひかえた慶応二年(一八六六}五月、幕府は、イギリス、フランス、アメリカヽオランダとの間に改税約定を結びました。その第十一条に、灯明台を備えなければならないことがうたってあります。また、各国が提出した灯明台箇所書には、相模国三浦郡三崎及び観音崎が示されてありました。幕府が倒れ、明治元年(一八六八)となりましたが、八月三十日に灯台の建設が始められました。横須賀製鉄所首長であったフランス人技師、フランソワ・レオンス・ヴェルニーが建設を担当することになりました。横須賀製鉄所で作られたレンガと石灰を使い四角形白塗装の建物とフランス製レンズを備えた灯台が、十二月ニ十九日に完成しました。そして、翌明治二年一月一日に我が国最初の洋式灯台が光を発しました。
観音崎灯台 案内図 観音崎灯台 案内図 

案内図では左に横浜ベイブリッジ、中央にアクアライン風の塔、右に富津市が見えることになっている。
観音崎灯台 案内図から見た東京湾 観音崎灯台 案内図から見た東京湾 

東京湾を航行する船はよく見えるが、右に富津市(多分)のビルが望見できるだけである。
観音崎灯台 橙青 句碑 観音崎灯台 橙青 句碑 
観音崎灯台 橙青 句碑 観音崎灯台 橙青 句碑 

汽笛吹けば霧笛答ふる
別れかな 橙青

 昭和43年、初代海上保安庁長官大久保武雄氏が、全国に勤める灯台職員と家族の労をねぎらい、この句を詠まれたといいます。この年、灯台百周年記念式典が盛大に挙行された記念の年でもありました。
観音崎灯台 虚子 句碑 観音崎灯台 虚子 句碑 
観音崎灯台 虚子 句碑 観音崎灯台 虚子 句碑 

霧いかに深<とも嵐
強くとも 虚子

 昭和23年秋、高浜虚子翁が観音埼を訪れ、緑の岬角に屹然と立つ、白亜の雄姿と灯台に勤める職員が困難とたたかう姿を詠まれたといいます。この年、海上保安庁が創設され、灯台80周年記念式典が挙行された年でもありました。
観音崎灯台 皇后陛下行啓御坐所跡 観音崎灯台 皇后陛下行啓御坐所跡 

貞明皇后(大正天皇の皇后)が行啓した時の碑である。
観音崎灯台 観音崎灯台 

観音埼灯台 日本最初の近代灯台

 この灯台は、1866年(慶応2年)の江戸条約に基づき、明治政府の依頼により、1868年(明治元年)にフランス人ヴェルニーの手により起工されたもので、三浦半島の東端に位置しています。
 当時の建物は、フランス風の四角い洋館建て(レンガ造)の優雅なもので、開国後、日本で一番最初に建設された洋式灯台であり、我が国の近代灯台事業はここにはじまったとされています。
 現在の灯台は、1925年(大正14年)に建て替えられ(コンクリート造)、三代目に当たります。
 観音埼は房総半島の富津岬と相対して東京湾口の最も狭い水道を形成しており、灯台は、船舶が安全に航行するための大切な施設です。
観音崎灯台 点燈記念碑 観音崎灯台 点燈記念碑 

「点燈 明治巳己年正月元日」 と彫られ、明治2年(1869年)元旦に点灯された。
観音崎灯台 うっすらと見える富津市 観音崎灯台 うっすらと見える富津市 
観音崎灯台 入口 観音崎灯台 入口 
観音崎灯台 螺旋階段を上る 観音崎灯台 螺旋階段を上る 

各地の灯台の写真が飾られた階段を上って行く。
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 

展望台に出てすぐ下には「皇后陛下行啓御坐所跡」碑が見える。
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 

展望台を右回りに歩く。途中で人がいるとすれ違うのが大変である。
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 

入口の観音埼灯台資料展示室(室内の撮影禁止)が見える。
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 
観音崎灯台 展望台からの風景 観音崎灯台 展望台からの風景 

ちょうど1周して下に「皇后陛下行啓御坐所跡」碑が見える。
観音崎灯台 観音崎灯台 
観音崎灯台 西側にある灯台関係の展示品 観音崎灯台 西側にある灯台関係の展示品 
観音崎灯台 日●儀台(にっきぎだい) 観音崎灯台 日●儀台(にっきぎだい) 

 日●儀は、太陽の動きを利用した日時計です。明治、大正時代に建設された灯台には日●儀を構内に作り、時刻を知ることができました。
 この台は、観音埼灯台の中にあったものを移したものですが日●儀は展示室にあります。
観音崎灯台 日●儀台(にっきぎだい) 観音崎灯台 日●儀台(にっきぎだい) 
観音崎灯台 灯ろう 観音崎灯台 灯ろう 

 灯台の頂部には、レンズ、電球があり、定められた光(灯質)を発光していますが、このレンズ、電球を風雨から守る部分を灯ろうといいます。
 この灯ろうは、平成2年11月まで神湊灯台(東京都八丈島神湊港)に使用されていたものです。中のしンズは、六等不動フレネルレンズです。
観音崎灯台 灯ろう 観音崎灯台 灯ろう 
観音崎灯台 霧信号吹鳴器 観音崎灯台 霧信号吹鳴器 

 霧や雪により視界が不良になった場合に、音を発して付近を航行する船舶に音の出る位置を知らせる施設を「霧信号所」といいます。
 この吹鳴器は、平成元年4月まで観音埼霧信号所に使用されたモーターサイレンで15秒毎に5秒間の音を発していました。
観音崎灯台 霧信号吹鳴器 観音崎灯台 霧信号吹鳴器 
観音崎灯台 観音崎灯台 



 
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