万歩計 トップ 首都圏の鉄道 目次 京王線H2105 目次 明大前〜千歳烏山〜調布 目次     八幡山〜千歳烏山〜つつじヶ丘    調布〜飛田給〜東府中  ページ ラスト 


万歩計



(Since H14-10-28)

目次









掲示板(一言どうぞ)


つつじヶ丘〜国領〜調布

【関連サイト】   京王 京王線(平成16年)


 直前のページに戻ります。

写真の一覧表へ 

甲州街道 柴崎駅入口交差点で左折 甲州街道 柴崎駅入口交差点で左折 

突き当り右手に柴崎駅がある。
京王 京王線 柴崎駅 京王 京王線 柴崎駅 
甲州街道 野川に架かる馬橋 甲州街道 野川に架かる馬橋 
甲州街道 旧甲州街道入口交差点で左折、旧甲州街道へ 甲州街道 旧甲州街道入口交差点で左折、旧甲州街道へ 
甲州街道 旧甲州街道入口交差点で左折、旧甲州街道へ 甲州街道 旧甲州街道入口交差点で左折、旧甲州街道へ 
旧甲州街道 国領駅入口交差点で左折 旧甲州街道 国領駅入口交差点で左折 
京王 京王線 国領駅 京王 京王線 国領駅 
旧甲州街道 常性寺 旧甲州街道 常性寺 

歴史と武蔵野の緑の道・常性寺

歴史と武蔵野の緑の道は、ちょうふ八景の常性寺の不動尊、国領神社の千年藤そして深大寺や不多天神社などの野川や甲州街道沿いの古社の森を見てまわる散歩道です。周辺には屋敷林や田園風景が広がり、今では残り少ない武蔵野の面影がしのぼれます。
常性寺は鎌倉時代の創建になるもので、もとは多摩川沿い、現在の調布第三中学校あたりにありましたが、慶長年間(1596〜1614)に移築されたものです。本堂のほか、境内には不動堂、薬師堂があり、とくに不動堂には成田山不動尊の分身をまつり、布田のお不動さんとして近在の人々に信仰され、毎月28日の不動尊縁日には護摩たきを行なっています。
旧甲州街道 常性寺 旧甲州街道 常性寺 

旧甲州街道の布田駅前にある交差点角にある。布田駅にはこの交差点を左折する。
旧甲州街道 常性寺 旧甲州街道 常性寺 
京王 京王線 布田駅 京王 京王線 布田駅 
旧甲州街道 下布田みこし会館 旧甲州街道 下布田みこし会館 

布田駅から常性寺のある旧甲州街道に戻る途中にある。さして大きな駅でないにもかかわらず、立派な神輿に思わず足を止めた。
旧甲州街道 下布田みこし会館 旧甲州街道 下布田みこし会館 
旧甲州街道 蓮慶寺 旧甲州街道 蓮慶寺 

調布駅の手前で葵の紋が付いた門が見え、さらに左手に大事に保存されている赤門があるので立ち寄ることとした。なぜこのような場所に「葵の紋」付き門があるのか、という好奇心からでもある。
旧甲州街道 蓮慶寺 旧甲州街道 蓮慶寺 
旧甲州街道 蓮慶寺 旧甲州街道 蓮慶寺 
旧甲州街道 蓮慶寺 旧甲州街道 蓮慶寺 

 当山蓮慶寺は、日蓮宗大本山池上水門寺の直末で、山号を惺譽山と云う。開山は池上本門寺第十二世佛乗院日惺聖人(遷化慶長三年七月六日、一五九八年)。開基は小田原北條十二将の一人、布田の領主中将出羽守(下総鴻ノ台合戦戦死天正元年一五七三年)その法号を正天院日譽と云う。
 開山と開基の法号にちなみ惺譽山と称する。過去帳資料によると、もと真言宗閻魔寺を中将出羽守が永禄年中改宗し草創と伝える。今開山日惺聖人筆慶長三年の御曼荼羅本尊を寺宝としている。
 江戸時代に入り、徳川三代家光将軍家より、慶安四年、御朱印地が下賜され、以降歴代将軍家の菩提を回向する御朱印寺として、赤門設立と、住職の乗駕が許されてきた。今歴代将軍葵紋付き位牌と香炉を現存し、法灯現住職第四十九代を経てきた
旧甲州街道 調布駅界隈 旧甲州街道 調布駅界隈 
旧甲州街道 調布駅北口交差点で左折 旧甲州街道 調布駅北口交差点で左折 
京王 京王線 調布駅 京王 京王線 調布駅 



 
万歩計 トップ 首都圏の鉄道 目次 京王線H2105 目次 明大前〜千歳烏山〜調布 目次    八幡山〜千歳烏山〜つつじヶ丘    調布〜飛田給〜東府中  ページ トップ