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吹上茶屋〜中の島〜六義園正門

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六義園 新緑のもみじ 六義園 新緑のもみじ 

桜が目立つが、若葉のもみじも結構多い。
六義園 吹上茶屋 満開の桜 六義園 吹上茶屋 満開の桜 
六義園 吹上茶屋 六義園 吹上茶屋 

右下が正門で、下を左に進み、上に進んで青色の現在地(吹上茶屋)まで歩いてきたことになる。
六義園 右に進む 六義園 右に進む 

吹上茶屋から左に向かうと小山の上につつじ茶屋があり、右に進んで白鴎橋を渡る。
六義園 紀の川 六義園 紀の川 

和歌の名所で和歌の浦に流れる川によって名付けられた。妹背山の北側の泉水を云う。
六義園 蓬莱島 六義園 蓬莱島 
六義園 咲き始めたつつじ 六義園 咲き始めたつつじ 
六義園 蓬莱島 六義園 蓬莱島 
六義園 臨時茶屋 六義園 臨時茶屋 

花見客用に設けられた茶屋で、団子は言うまでもなく、焼きそば、おでんばかりか、クレープやケーキも売られている。
六義園 名物のしだれ桜 六義園 名物のしだれ桜 
六義園 正門 六義園 正門 
六義園 レンガ塀由来 六義園 レンガ塀由来 

 江戸時代中期に作庭された文化財庭園に、幕末以降にもたらされた技術を用いたレンガが使われている理由には、この文化財庭園の歴史的な変遷が大きく関わっています。
 江戸時代当時の柳沢家の屋敷範囲と、明治年間以降の岩崎家の敷地とは、文化財庭園として指定された現在の六義園の範囲よりも東西南北にそれぞれ広がっていました。指定文化財範囲から外れた、これらの土地では、日露戦争の祝勝会が開催され、第二次大戦当時には児童向けの科学館など も置かれていました。従って、改修前のレンガ塀は、第二次大戦後に、国指定の文化財として整備する前後の時期に、管理用に構築されたものであり、岩崎家所有当時の外周塀ではありません。しかしながら、柳沢家から岩崎家、そして東京市(府)から東京都へと、所有者や管理者が移り変ってゆく中で、岩崎家が所有していた湯島や本所などの屋敷でも採り入れられた、洋風の意匠であるレンガ塀も、歴史的な変遷を物語る貴重な文化財といえます。



 
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