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万歩計



(From H14-10-28)

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港の見える丘公園〜横浜中華街〜元町・中華街駅

【関連サイト】 横浜磯子〜山手〜桜木町散策(H16−05−22)


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横浜 港の見える丘公園 横浜 港の見える丘公園 
横浜 港の見える丘公園 横浜 港の見える丘公園 

現在地は、ひょうたん型の中央の赤印である。上の緑部分がフランス山で、下にローズガーデンや、大仏次郎記念館などがある
横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 
横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 

横浜 港の見える丘公園のあるこの丘は、開港当時フランス軍 とイギリス軍が駐屯し、その後、フランス領事館、イギリス総領事公邸が建築されました。現在、フランス領事館の遺構を残す地区をフランス山地区と呼び、イギリス総領事公邸は、横浜市が買収し、横浜市イギリス館として市民に利用され、平成2年度には横浜市文化財に指定されました。
 平成元年9月に市政100周年、開港130周年を記念し、「市の花」としてバラが制定されました。
 バラはイギリスの国花であり、また、本公園は歴史的背景のあるイギリス館があります。
 横浜港やベイブリッジの眺望もすばらしく、多くの人々が訪れることから、この公園が「バラ園」を整備する最もふさわしい場所として選定され、平成3年5月に開園しました。
 その後、山手111番館の整備に伴って平成11年3月に「ローズガーデン」として拡張整備しました。
横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 横浜 港の見える丘公園 ローズガーデン 

晩秋と言っても良い10月30日にもかかわらず、さまざまなバラが咲いているのには驚いた。
横浜 港の見える丘公園 横浜市イギリス館 横浜 港の見える丘公園 横浜市イギリス館 
横浜 港の見える丘公園 横浜市イギリス館 横浜 港の見える丘公園 横浜市イギリス館 

日本の開国はペリーの来航に端 を発しましたが、最も中心的な役割を果たしたのは、オールコック駐日総領事を代表とするイギリスの外交団です。
 このイギリス館の建つ山手115番は、文久3年に横浜の居留地防衛のため軍隊が駐屯するなど横浜開港直後からイギリスにゆかりの深い土地です。
 横浜市イギリス館は、昭和12年に上海の大英工部総署の設計によって、英国総領事公邸として建築された建物で、広い敷地にゆったりと建てられ、条約開港都市横浜にふさわしい規模と風格を持っています。
 建物は、主屋と付属屋とが連結した形で建てられています。主屋は南面して主要な部屋を配し、廊下を北側に設ける配置で、一つの理想的な形態を示しています。意匠的には、近代主義を基調とした合理性が見られますが、単にモダニズムの踏襲ではなく、英国調とも言える伝統を加味した穏健重厚な意匠が伺えます。この横浜市イギリス館は様式・意匠ともに優れた貴重な建物として、平成2年11月に横浜市指定文化財に指定されました。
横浜 港の見える丘公園 大仏次郎記念館 横浜 港の見える丘公園 大仏次郎記念館 
横浜 港の見える丘公園 沈床花壇 横浜 港の見える丘公園 沈床花壇 
横浜 港の見える丘公園 展望台 ベイブリッジ 横浜 港の見える丘公園 展望台 ベイブリッジ 

何度も展望台からベイブリッジを撮っているが、これほどはっきりと見えるのは初めてである。
横浜 港の見える丘公園 フランス山 横浜 港の見える丘公園 フランス山 
横浜 港の見える丘公園 フランス山 横浜 港の見える丘公園 フランス山 

 1862年9月(文久2年8月)に起きた生麦事件など、攘夷派による外国人殺傷事件が相次いだため、フランスは、横浜居留地に住む自国民の保護と居留地の防衛を目的に、イギリスとともに軍隊の駐屯を決定しました。
 1863年6月下旬(文久3年5月)フランス海兵隊が横浜に到着し、山手居留地185番に駐屯を開始、7月、8月頃、駐屯軍兵舎が186番に3棟建設されました。1875(明治8)年3月に撤退するまでの約12年間、部隊の交替をくり返しながら駐屯を続けました。これがフランス山と呼ばれるようになった由来です。
 撤退により兵舎が不要となったので、海兵隊当局はフランス山の永代借地権をフランス駐日外交代表部に譲渡しました。横浜駐在のフランス領事はここに領事館を建設する提案をしましたか、なかなか実現しないでいたところ、1885(明治18)年になってフランス人居留民の有志らが領事館建設の嘆願書を提出しました。このことがきっかけとなって計画が具体化し、1894(明治27)年にフランス人建築家サルダの設計で、領事館と領事官邸の新築工事が始まりました。1896(明治29)年3月、山手185番(フランス山下方)に領事館、12月に山手186番(フランス山上方)に領事官邸が完成します。領事官邸には、風車の付いた井戸が掘られました。
 1923(大正12)年、関東大震災により、領事館・領事官邸ともに倒壊します、震災後、領事館は仮設の建物を使用していましたが、官邸は、1930(昭和5)年、スイス人建築家ヒンデルの設計で山手186番に再建されました。その官邸も、戦後まもない1947(昭和22)年には火災で焼失してしまいます。現存している遺構は、その際に焼け残った1階部分です。
横浜 港の見える丘公園 フランス山 フランス領事官邸遺構 横浜 港の見える丘公園 フランス山 フランス領事官邸遺構 
横浜 港の見える丘公園 フランス山 横浜 港の見える丘公園 フランス山 
横浜 港の見える丘公園 パルタール広場 横浜 港の見える丘公園 パルタール広場 
横浜 港の見える丘公園 パルタール広場 横浜 港の見える丘公園 パルタール広場 
山手本通り 谷戸坂 山手本通り 谷戸坂 

横浜の観光目的のコミュニティバスである「あかいくつ」は、この谷戸坂を上った丘の見える丘公園交差点と桜木町駅とを結ぶ巡回バスである。
元町通り みなとみらい線 元町・中華街駅 元町通り みなとみらい線 元町・中華街駅 

中央奥に元町商店街の谷戸橋脇にあるモニュメントが見える。





 
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