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イタリア山庭園 大丸谷坂入口
大丸谷坂を上ってくると、一見個人の住まいの入口のような門がある。表札には山手イタリア山庭園と書かれている。
門を入り、すぐ右の坂を上るとブラフ18番館に出る。 |
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イタリア山庭園 大丸谷坂入口にある庭園案内
現在地は右下角で、右の赤ブロックはブラフ18番館、右は外交官の家である。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館
ブラフ18番館は、関東大震災後に山手町45番地に建てられた外国人住宅です。戦後は天主公教横浜地区(現カトリック横浜司教区)の所有となり、カトリック山手教会の司祭館として平成3(1991)年まで使用されてきました。平成3年に横浜市が部材の寄付を受け、山手イタリア山庭園内に移築復元しました。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館からの風景
大丸谷坂を上る途中でも見えたフェリス女学院である。フェリス女学院は山手本通りと言う尾根伝いにあり、よく見える。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館からの風景
フェリス女学院の右手に中央大学と大書した建物が見える。はてこんな所に、と思ったら以前は横浜山手女子高・中学校と言っていた名門女子高が中央大付属になったのを思い出した。それにしても、「中央大学と大書」する無粋さが気に食わなかった。何故大書したのかという理由は後で分かった。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館からの風景
右端にベイブリッジ、左にマリンタワーが見える。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館 綺麗に咲くバラ
バラの後ろの階段を上ると貝の噴水がある。 |
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イタリア山庭園 ブラフ18番館 貝の噴水
左右の階段を上ると外交官の家である。 |
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イタリア山庭園 外交官の家
ブラフ18番館に隣接して外交官の家がある。
外交官の家は、ニューヨーク総領事やトルコ特命全権大使などをつとめた明治政府の外交官内田定槌氏の邸宅として、東京渋谷の南平台に明治43(1910)年に建てられました。設計者はアメリカ人で立教学校の教師として来日、その後建築家として活躍したJ.M.ガーディナーです。平成9(1997)年に横浜市は、内田定槌氏の孫にあたる宮入氏からこの館の寄贈を受け、山手イタリア山庭園に移築復元し、一般公開しました。 |
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イタリア山庭園 外交官の家 花が咲き乱れる花壇 |
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イタリア山庭園 外交官の家 花が咲き乱れる花壇 |
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イタリア山庭園 外交官の家 噴水 |
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イタリア山庭園 外交官の家 花が咲き乱れる花壇 |
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イタリア山庭園 外交官の家 |
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イタリア山庭園 外交官の家 |
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イタリア山庭園 外交官の家入口
右の門から入るとブラフ18番館の貝の噴水に出る。 |