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北斎通り〜大横川親水公園〜太平4丁目交差点

【関連サイト】   JR 総武線H2010(両国 北斎通り〜錦糸町〜亀戸)


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清澄通り 江戸東京博前交差点で右折、北斎通りへ 清澄通り 江戸東京博前交差点で右折、北斎通りへ 

江戸東京博物館の左手に交差点がある。
北斎通りを東進 北斎通りを東進 

街灯が和風の行燈風で、それぞれに北斎の代表的な版画が街歩き「北斎ギャラリー」として飾られている。写真では富嶽三十六景の凱風快晴である。
北斎通りを東進 北斎通りを東進 

以前は江戸東京博前交差点を曲がった所に葛飾北斎生誕の地碑があった。理由は分からないが撤去され、内容を書いた高札が別の所に設けられた。
北斎通り 野見宿禰神社 北斎通り 野見宿禰神社 

 かつてこの東側に相撲の高砂部屋がありました。明治十八年(一八八五)に親方の高砂浦五郎が、津軽家上屋敷の跡地であったこの地に、相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのが、野見宿禰神社の始まりです。
 石垣の石柱には、力士や相撲関係者の名前が刻まれており、本場所前には必ず、相撲協会の神事が行われます。
 境内には、昭和二十七年(一九五三)に相撲協会によって建てられた歴代横綱石碑があり、その一基には、初代の明石志賀之助から四十六代朝潮太郎までの名が、もう一基には四十七柏戸剛以降の名前が刻まれています。
北斎通り 亀沢四丁目交差点で三ツ目通りを渡る 北斎通り 亀沢四丁目交差点で三ツ目通りを渡る  

今まで何回か北斎通りを歩いたが、いつもこの交差点で左折して京葉道路に出るか、その逆コースばかりで、直進するのは初めてである。
北斎通り 長崎橋で左折、大横川親水公園へ 北斎通り 長崎橋で左折、大横川親水公園へ 

長崎橋と言っても、大横川を親水公園化したため残っていない。辺りの雰囲気がそれらしいので分かる。右後方のビルは、錦糸町駅手前のアルカタワーズ錦糸町のアルカ・ウエストである。
大横川親水公園を北上 大横川親水公園を北上 

葉の形は杉であるが、常緑樹なのであり得ない。しかし紅葉した並木は絵になる。
大横川親水公園を北上 大横川親水公園を北上 
大横川親水公園 清平橋 大横川親水公園 清平橋 
大横川親水公園 法恩寺橋横から蔵前橋通りへ 大横川親水公園 法恩寺橋横から蔵前橋通りへ 
蔵前橋通り 太平一丁目交差点 蔵前橋通り 太平一丁目交差点 

左手奥に東京スカイツリーが見える。まだ完成時の1/3の高さであるが、目立っており、完成時には立派なランドマークになるだろう。
蔵前橋通りを東進 蔵前橋通りを東進 
蔵前橋通り 法恩寺 蔵前橋通り 法恩寺 

石門をのぞいたら、参道の両脇にいくつもの塔頭があり、その奥に立派な鐘楼を兼ねた三重塔や、日蓮上人像などがある法恩寺が見えた。
法恩寺 参道沿いの塔頭 法恩寺 参道沿いの塔頭 
法恩寺 法恩寺 
法恩寺 法恩寺 
法恩寺 法恩寺 

 長禄元年(一四五七年)江戸平河に法住院と称し、太田道灌公によって創建されました。その後一五二四年道灌の孫資高が現在の寺名に改めました。 豊臣秀吉や徳川家康もお立ち寄りに
 なられ、また鬼平犯科帳の舞台としても登場する由緒ある寺です
法恩寺 参道沿いの塔頭 法恩寺 参道沿いの塔頭 

参道には黄葉したいちょう並木がある。
法恩寺由来 法恩寺由来 

参道入口の石門脇にある。現在塔頭はは4ヶ寺しかないが、元禄当時は20ヶ寺あったとか、地名の太平町は太田道灌の「太」と、平河山法恩寺の「平」を採った、などが書かれている。
蔵前橋通り 太平四丁目交差点で四ツ目通りを渡る 蔵前橋通り 太平四丁目交差点で四ツ目通りを渡る 

右角は錦糸町駅に近い錦糸町ショッピングモール オリナスで、右折すると錦糸町駅に、左折すると出発点の押上駅に着く。



 
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