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登戸駅〜登戸陸橋〜向ヶ丘遊園駅

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小田急 小田原線 登戸駅 小田急 小田原線 登戸駅 

【撮影記録】
平成24年 3月 14日 晴れ
10:10〜11:55 10,800歩(概算 8.1km 地図上 7.9km)
小田原線 登戸〜新百合ヶ丘
営業距離 6.3km 駅数 6

前回はJR、小田急共に登戸駅の改造工事が進められて雑然とし、駅前の商店街は戦後のドヤ街風で、狭くゴチャゴチャしていた。そのため、小田急の南側の線路沿いに歩き、向ヶ丘遊園駅から府中街道を歩いて津久井道(世田谷通り)に出て西進した。今回は分かりやすい津久井道を歩くコースを辿った。
登戸駅コンコースに飾られたドラえもん 登戸駅コンコースに飾られたドラえもん 

藤子・F・不二雄ミュージアムは登戸駅からバスに乗るか、南武線宿河原駅か小田急向ヶ丘遊園駅から徒歩15分である。
登戸駅コンコースで南武線改札口前を通り、北側の多摩沿線道路へ 登戸駅コンコースで南武線改札口前を通り、北側の多摩沿線道路へ 
階段を降り、小田急線高架下を進み、多摩沿線道路を西進 階段を下り、小田急線高架下を進み、多摩沿線道路を西進 
多摩沿線道路 登戸駅北側交差点 多摩沿線道路 登戸駅北側交差点 

多摩沿線道路はこの交差点で右折、多摩川沿いに北上して多摩水道橋交差点で世田谷通りに出る。

都内では世田谷通りだった都道3号は、多摩水道橋交差点から神奈川県道3号、津久井道となる。
登戸第1公園前交差点で左折、西進 登戸第1公園前交差点で左折、西進 

登戸駅北側交差点からの道路名は不明である。
津久井道(県道3号)の登戸陸橋下を進む 津久井道(県道3号)の登戸陸橋下を進む 
登戸陸橋を過ぎてすぐの交差点で左折、南武線踏切を渡る 登戸陸橋を過ぎてすぐの交差点で左折、南武線踏切を渡る 
突き当りの登戸稲荷社で左折 突き当りの登戸稲荷社で左折 
右折し、津久井道(県道3号) 登戸陸橋沿いに西進 右折し、津久井道(県道3号) 登戸陸橋沿いに西進 
津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 
津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 

摩滅して読解は困難である。

 登戸鎮守稲荷社は、すでに江戸幕府編纂の「新編武蔵風土記稿」に村社として記載されており現在のご社殿は、嘉永六年に再建されたものです。(以下略)
津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 

中央は乃木希典書で日露戦争の右に戦没者、左に凱旋者氏名が描かれている。右の碑は日露戦争で旅順攻略に参加した一戸兵衛の戦役記念碑、左は日支事変の忠魂碑である。
津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 津久井道(県道3号) 登戸陸橋脇の登戸稲荷社 

稲荷社 来歴
斎神 宇賀魂大神 外宮豊受大神
合併社 第六天社
    神明両社
    牛頭天王
    金山大社
    松尾大明神
    弥周稲荷社

当社は嘉永6年に再建されたものであります。
津久井道(県道3号) 登戸交差点 津久井道(県道3号) 登戸交差点 
津久井道(県道3号) 多摩区役所前交差点で左折、区役所通りへ 津久井道(県道3号) 多摩区役所前交差点で左折、区役所通りへ 
区役所通り 多摩区総合庁舎 区役所通り 多摩区総合庁舎 
区役所通りを南東に進む 区役所通りを南東に進む 
小田急 小田原線 向ヶ丘遊園駅 小田急 小田原線 向ヶ丘遊園駅 

かつては向ヶ丘遊園地があったが、既に廃園となって名前だけが残っている。その前に廃園となっていた東急東横線の多摩川園駅は多摩川駅と改称され、東急田園都市線の二子玉川駅には遊園地があったことすら知られていない。

東京ディズニーランドに押さえられ、水道橋の後楽園を除けば、浅草の花やしき大江戸線の豊島園が残っているぐらいである。



 
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