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九品仏(浄真寺)散策H251122 #1(参道〜山門〜仁王門)

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有名仏閣 九品仏(浄真寺)


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等々力通り 九品仏(浄真寺) 参道入口 等々力通り 九品仏(浄真寺) 参道入口 

大井町線九品仏駅の道を挟んで反対側で、等々力通り沿いにある。
九品仏(浄真寺) 参道 「禁銃猟 警視庁」の碑 九品仏(浄真寺) 参道 「禁銃猟 警視庁」の碑 

参道の両端に置かれており、ずいぶん古臭いし、内容も時代離れをしていると思ったら明治32年に設置されたものだった。
九品仏(浄真寺) 参道 「禁銃猟 警視庁」の碑 九品仏(浄真寺) 参道 「禁銃猟 警視庁」の碑 
九品仏(浄真寺) 紅葉、黄葉した木々の参道 九品仏(浄真寺) 紅葉、黄葉した木々の参道 
九品仏(浄真寺) 総門 九品仏(浄真寺) 総門 

創建の由来

ひろく「九品仏」の名で親しまれているが、正式には「九品山唯在念仏院浄真寺」、浄土宗に属し、境内約122万u(3万6千坪)は往古の面影を保存する都内有数の寺である。開山は江戸時代初期の高僧「珂碩上人」で、四代将軍徳川家綱公の時、延宝6年(1678)に、奥沢城跡であったこの地を賜り、浄土宗所依の経典である観無量寿相によって堂塔を配置し、この寺を創建された。「江戸名所図絵」に描かれている配置と現状とはほとんど変わりはないが、昭和40年に本堂・仁王門とも茅葺を改修した。
九品仏(浄真寺) 総門 扁額 般舟場 九品仏(浄真寺) 総門 扁額 般舟場 

扁額 般舟場 説明

当山第二世珂憶上人の高弟珂慶上人のお筆で流麗雄渾な筆致である。
般舟とは般舟三昧の事でつねに行道念仏して現前に諸仏を見奉ると言う。
般舟三昧経三巻は弥陀経典中最古のもので浄土三部経と共に古来より重られている。当山は院号を唯在念仏院と称し念仏の道場であり参ずる人々に願往生の心を自然に発さんが為書かれたものである。
九品仏(浄真寺) 総門 扁額 般舟場 九品仏(浄真寺) 総門 扁額 般舟場 
九品仏(浄真寺) 総門 紅葉始めのモミジ 九品仏(浄真寺) 総門 紅葉始めのモミジ 
九品仏(浄真寺) 開山堂 九品仏(浄真寺) 開山堂 
九品仏(浄真寺) 開山堂 九品仏(浄真寺) 開山堂 

 当寺開山珂珂碩上人のお像を安置する。このご尊像は上人自彫のもので、お姿は合掌する上人御年42歳の時のものである。この像も文化財に指定されており、万治元年(1657年)上人が、如来のお告げ三度により、水鏡に御姿をうつし彫刻されたものであって、古来より安産・厄除・開運としてひろく信仰をあつめている。なお、開山堂では、上人のご命日に当る毎月七日の開山忌に開扉して、午後一時より法要とご法話及び写経が催されており、一般の方の参加を望んでいる。
 上人は元禄7年(1694年)10月7日、御年七十七歳にて示寂され当山の西北にその御廟がある。
九品仏(浄真寺) 開山堂 九品仏(浄真寺) 開山堂 
九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 

 重厚荘重なる仁王門(山門)は別名「紫雲楼」とも呼ばれ寛政5年(1793)の建立である。
 一対の仁王像、楼上に阿弥陀如来と二十五菩薩像が安置されているほか、風神・雷神の像もあって、寺域全体の安全が意図されている。
九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 
九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 九品仏(浄真寺) 仁王門(紫雲楼) 

紫雲楼(仁王門)楼上の二十五菩薩

 当山に参詣される人々は、この楼上に安置してある阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられて、三仏堂へと足を運ぶことになる。すなわち紫雲の門より内は荘厳の浄土(彼岸)であることを示している。この楼門は寛政年間の建立である。当山の伝統
相続行事である「二十五菩薩来迎会」(お面かぶり)は無形文化財に指定せられ、この楼上の二十五菩薩は、来迎の真髄を示現していることになる。
九品仏(浄真寺) 境内 紅葉、黄葉が美しい参道 九品仏(浄真寺) 境内 紅葉、黄葉が美しい参道 
九品仏(浄真寺) 境内 鐘楼 九品仏(浄真寺) 境内 鐘楼 

 仁王門とは対照的に、流麗な建築手法を示す鐘楼は関東でも名楼の誉れ高く、宝永5年(1708年)の建立である。梵鐘は文化財に指定されており、今に残る深沢の名家谷岡氏の御先祖が二親菩提のために鋳造され(宝永5年)当山に寄進されたものである。また楼の四周に刻まれた十二支は作者不詳であるが、名作として特に有名である。毎年大晦日より元旦にかけて、除夜の鐘に遠近の参拝者でにぎわっている。
九品仏(浄真寺) 境内 九品仏(浄真寺) 境内 

 境内周囲の土手はこの地がかって奥沢域であったときからの名残りで、鎌倉期における築城学上「土塁」の形態を示すものとして貴重な史料である。境内には古木が多く、カヤ(天然記念物)の大木は推定樹齢七百年以上、またトチ・高野マキ・菩提樹およびイチョウ(天然記念物)、など古大木があり、つねに参拝する人々が絶えない、武蔵野の面影を残存する霊域である。
 参道・総門・閻魔堂・仁王門・鐘楼・開山堂・本堂・三仏堂・書院・食堂などいわゆる七堂伽藍の完備した数少ない寺院である。また、寺域全体が極楽往生の様相に形どられ、弥陀三六の願いに即して、境内3万6千坪、三仏堂各堂丸柱三十六柱、本堂ケヤキ柱三十六柱、さらに三仏堂と本堂のあいだ三十六間というように、細部にわたって往生にちなんだ数字があてはめられ、いちど九品仏境内に歩をはこび参拝結縁したならば、往生浄土の信心を得ることができるという願ぃがこもっているのである。このような緑の境域は周囲の変化にともない次第に失なわれてゆく都内の現状の中できわめてたいせつなものである。将来ともこの風致を永く保存したいと念願いたしておる次第である。
 九品仏(浄真寺) 境内 鐘楼 九品仏(浄真寺) 境内 鐘楼 



 
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