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大手門を出て大手門交差点で左折、内堀通りへ |
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内堀通り 大手濠沿いに北上
手前に東京消防庁、その後に見難いが気象庁がある。中央の木立の横のビルは左の白いビルが丸紅東京本社ビル、右が竹橋合同ビルである。 |
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内堀通り 大手濠沿いに北上 東京消防庁 |
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内堀通り 気象庁前交差点で左折 気象庁
直進すると千代田通りで、駿河台下交差点で靖国通りを渡ると明大通りになる。 |
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内堀通り 気象庁前交差点 和気清麻呂像、震災いちょう
右に和気清麻呂像、左に震災いちょうがある。 |
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内堀通り 気象庁前交差点 和気清麻呂像
今はほとんど話題にもならないが、称徳女帝時代の弓削道鏡による皇位簒奪未遂事件を阻止した大忠臣である和気清麻呂の巨像である。
いつもは台座に皇居一周のジョギングをする人の荷物が散乱して見苦しいが、平日の12時前のせいかすっきりしている。 |
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内堀通り 気象庁前交差点 和気清麻呂像前 震災いちょう
この木は、震災いちょうと呼ばれています。樹齢一五〇年を超えると思われるこのイチョウは、かつて文部省の跡地である一ツ橋一丁目一番一帯(現在のパレスサイドビル・住友商事竹橋ビル・一橋総合ビルー帯)にありました。大正十二年(一九二三)九月の関東大震災によって一面焼け野原となった都心にあって奇跡的に生き残り、このイチョウは当時の人々に復興への希望を与えました。その後、復輿事業に伴う区画整理によって切り倒されることになった際、当時の中央気象台長岡田武松氏がこれを惜しみ、なんとか後世に残したいと思い帝都復興局長官清野長太郎氏に申し入れたところ、長官もその意義を理解しこの地に移植されたという由緒をもっています。
以下岡田武松、清野長太郎の略歴があるが省略。 |
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内堀通り 気象庁前交差点 和気清麻呂像前 震災いちょう |
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内堀通り 気象庁前交差点 和気清麻呂像
像の後ろの銘板には、
紀元二千六百年記念 建設委員長 陸軍大将 従二位 勲一等 功四級 林銑十郎 寄贈者 石川博資
紀元二千六百年記念の像などはこれ以外にも多く見られる。戦前の雰囲気がよく分かる。 |
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内堀通り 大手濠 平川橋、パレスサイドビル(毎日新聞本社)
大手濠の先に見える円筒が付いたパレスサイドビルは竹橋交差点にあり、毎日新聞本社などが入っている。手前の橋は平川橋で左に平川門がある。 |
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内堀通り 大手濠 紅葉し始めの桜並木を西進 |
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内堀通り 平川門交差点で直進
右折すると白山通りで、都営三田線はこの地下を走って神保町に向かう。交差点のビルはパレスサイドビルである。 |