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南北線 王子駅〜音無親水公園〜王子神社

【関連サイト】   満開の桜名所散策(王子〜六義園〜早稲田)H270331(王子駅〜音無親水公園〜王子神社)
満開の桜名所散策(王子〜六義園〜早稲田)H270331(王子神社〜本郷通り(音無橋〜飛鳥山交差点))

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東京メトロ 南北線 王子駅 東京メトロ 南北線 王子駅 

王子駅〜音無親水公園〜王子神社〜音無橋〜明治通り〜飛鳥山交差点〜飛鳥山公園〜ゲーテの小径〜染井銀座商店街〜霜降橋交差点〜染井吉野桜発祥の地〜六義園〜南北線 駒込駅)

【撮影記録】
平成31年 3月 28日 曇り 後 小雨
10:10〜12:55(昼食 20分) 6,600歩(概算 4.3km 地図上の距離 4.5km

開花宣言が出たと思ったら急速に花が開き満開となった。しかも、4〜5日は天候悪化が続くとなり、曇り空だがあたふたと飛び出した。六義園で予報になかった小雨が降り出し、大枝垂れ桜の見物を終えて少し先の吉祥寺まで歩くのは断念した。
飛鳥山からいつも旧古河庭園を経て六義園に向かったが、染井吉野桜発祥の染井銀座を久しぶりに歩くことにした。同地は14年前のこのホームページを始めた直後の平成17年に訪れて以来の訪問で、ほとんど思い出もなく、見るべきものも少なかった。
 JR 王子駅前(東口) バスターミナル JR 王子駅前(東口) バスターミナル 

南北線の王子駅とJR王子駅の北口前には大きなバスターミナルがある。
JR 王子駅 北口 東西連絡通路 JR 王子駅 北口 東西連絡通路 

JR王子駅北口にある東西連絡通路を使って西に進む。

大きなバスターミナルがあり、一見東口に見えるが北口で、明治通りを渡った所の都電荒川線王子駅前駅がホームの中央、南口が飛鳥山公園南端の児童エリア近くと変則的な駅構造である。表示は北口だが、駅構内図では明治通りを渡った向かいが中央口改札口である。
JR 王子駅 親水公園口(西口) 音無親水公園 JR 王子駅 親水公園口(西口) 音無親水公園 

王子駅の親水公園口(西口)を出ると、北口とは雰囲気が一変していわゆる飲み屋街となって音無川(石神井川)沿いの親水公園となる。
JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 

王子駅の親水公園口(西口)を出ると音無川で、木によっては満開もあり、2〜3分咲もあるが満開間近の桜並木が目に飛び込む。
JR 王子駅 音無親水公園 案内図 JR 王子駅 音無親水公園 案内図 

親切な案内図で、流れに入れるか否かを始め、急流注意といった細かい情報まで記載されている。
JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 
JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 

王子神社へ向かう階段の向い側に船串橋があり、階段を上ると明治通りの飛鳥大坂である。
JR 王子駅 音無親水公園 王子神社への入口の階段 JR 王子駅 音無親水公園 王子神社への入口の階段 
JR 王子駅 音無親水公園 旧岩槻街道の音無橋 JR 王子駅 音無親水公園 旧岩槻街道の音無橋 

右に王子神社があり、旧岩槻街道を走る音無橋で、かなりの高低差がある。
JR 王子駅 音無親水公園 日本の都市公園 100選 JR 王子駅 音無親水公園 日本の都市公園 100選 

 「日本の都市公園 100選」は、公園緑地に対する愛護精神を喚起するため、全国から募集した都市公園の中から、優れた景観、独創的なデザイン。個性的な施設などを総合的に判断して選定したもので、全国の都市公園の模範となるものです。
 都内では、音無親水公園のほかに、国営昭和記念公園、日比谷公園、上野公園、水元公園、代々木公園が選ばれています。
JR 王子駅 音無親水公園 旧岩槻街道の音無橋 JR 王子駅 音無親水公園 旧岩槻街道の音無橋 
JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 JR 王子駅 音無親水公園 満開間近の桜並木 

左はトイレで、右の本郷通り沿いには北区役所の庁舎が並ぶ。
JR 王子駅 音無親水公園 トイレで元に戻る JR 王子駅 音無親水公園 トイレで元に戻る 

トイレの南側で石神井川は音無川と分流する。石神井川はそのまま東進し、飛鳥山、王子駅の下を通り、王子駅の東口先で再び地上に出る。石神井川は大きな川で、左に高い堤防がある。
JR 王子駅 音無親水公園 音無橋に戻る JR 王子駅 音無親水公園 音無橋に戻る 
JR 王子駅 音無親水公園 音無川沿いの遊歩道 JR 王子駅 音無親水公園 音無川沿いの遊歩道 
JR 王子駅 音無親水公園 JR 王子駅 音無親水公園 

音無親水公園

 音無川のこのあたりは、古くから名所として知られていました。江戸時代の天保七年に完成した「江戸名所図会」や、嘉永五年の近吾堂板江戸切絵図、また、安藤広重による錦絵など多くの資料に弁天の池、不動の滝、石堰から落ちる王子の大滝などが見られ、広く親しまれていたことがわかります。
「江戸名所花暦」 「遊歴雑記」などには、一歩ごとにながめがかわり、投網や釣りもできれば泳ぐこともできる、夕焼けがひときわ見事で川の水でたてた茶はおいしいと書かれており、 江戸幕府による地誌、「新編武蔵風土記稿」には、このあたりの高台からの眺めについて、飛鳥山が手にとるように見え、眼の下には音無川が勢いよく流れ、石堰にあたる水の音が響き、 谷間の樹木は見事で、実にすぐれていると記されています。
 こうした恵まれた自然条件をいまに再生し、後世に伝えることを願って、昭和六十三年、北区は、この音無親水公園を整備した。
  たきらせの 絶えぬ流れの末遠く
  すむ水きよし 夕日さす影

飛鳥山十二景のうち滝野川夕照より
JR 王子駅 音無親水公園 音無親水公園から王子神社へ JR 王子駅 音無親水公園 音無親水公園から王子神社へ 
JR 王子駅 王子神社 イチョウ JR 王子駅 王子神社 イチョウ 

階段を上り切った所の左に名物のイチョウがある。
JR 王子駅 王子神社 イチョウ JR 王子駅 王子神社 イチョウ 

王子神社のイチョウ

 音無川(石神井川)左岸崖線の肩の部分に一際高くそびえ立つ大イチョウです。幹囲五・二m、樹幹の先端部は欠損していますが、高さは二四・二mあり、全体的にはほぼ自然樹形を保っています。
 王子神社の創初については、飛鳥山公園内にある「飛鳥山碑」(都指定有形文化財・古文書)に書かれています。それによれば、元亨(げんこう)年間(一三三ニー〜二四)に豊島氏がが勧請したことが始まりとされていますので、その頃にこのイチョウが植えられたとすると、六〇〇年近い樹齢と考えられます。
戦災によって王子神社の社殿や太田道灌がが雨宿りをしたという伝説を持つシイの大木など多くのものが失われた中で、このイチョウは生き延び、今も高台から東京の街の移り変わりを静かに見つめています。
JR 王子駅 王子神社 JR 王子駅 王子神社 
JR 王子駅 王子神社 JR 王子駅 王子神社 


「王子」の地名の発祥となった古社で、熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の王子神を祀る。代々の領主や徳川将軍家の崇敬も篤く、江戸時代には「王子権現」と呼ばれ名所の一つとなった。末社の関神社は全国でも珍しい「髪の祖神」で、髢、鬘、床山業界の信仰を集める。

王子といえば、「王子の狐」が有名で、毎年大晦日に関東各地から狐が集まり、装束の榎と言われる榎の下で装束を改めて参詣したと言われる。この狐が集まる神社は王子神社ではなく、装束稲荷神社で装束を整え、王子稲荷神社に向かう。
JR 王子駅 王子神社 熱中症計はほぼ安全 JR 王子駅 王子神社 熱中症計はほぼ安全 

現在時刻は10:25で、温度19.1℃、湿度は26%、熱中症計はほぼ安全である。

王子神社の木陰で測ったら19.1℃と暑く、天気予報では12℃前後だったので着てきた薄手のジャンパーを脱ぎ、シャツの腕を捲り上げて歩くことにした。
JR 王子駅 王子神社 末社 関神社 JR 王子駅 王子神社 末社 関神社 

「髪の祖神」 関神社由緒略記

御祭神 蝉丸公  神霊
     逆髪姫  神霊
     古屋美女 神霊

 「これやこの 行くも帰るも 別れては
     知るも知らぬも 逢坂の関」
の和歌で有名な「蝉丸公」は延喜、帝の第四皇子にして和歌が巧みなうえ、琵琶の名手であり又、髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉君のために 侍女の「古屋美女」に命じて「かもじ・かつら」を考案し髪を整 える工夫をしたことから「音曲諸芸道の神」並に「髪の祖神」と 博く崇敬を集め「関蝉丸神社」として、ゆかりの地 滋賀県大津 の逢坂山に祀られており、その御神徳を敬仰する人達が「かもじ 業者」を中心として江戸時代 ここ「王子神社」境内に奉斎した のが、当「関神社」の創始なり。 昭和二十年四月十三日 戦災により社殿焼失せしが、人毛業界これを惜しみて全国各地の 「かもじ・かつら・床山・舞踊・演劇・芸能・美容師」の各界に 呼び掛け浄財を募り昭和三十四月五月二十四日これを再建せり。
JR 王子駅 王子神社 末社 関神社 JR 王子駅 王子神社 末社 関神社 

王子神社の本殿の左隅にある。
JR 王子駅 王子神社 正面鳥居 JR 王子駅 王子神社 正面鳥居 
JR 王子駅 王子神社 王子神社(由来) JR 王子駅 王子神社 王子神社(由来) 

 元亨二年(一三二二)、豊島郡を支配していた豊島氏が、熊野の方向を望む石神井川沿いの高台に、紀川熊野三社
権現から王子大神を勧請し、若一王子宮として祀られるようになりました。これにより、村名が岸村から王子村に改められ、王子という地名の由来となりました。また、石神井川がこの地域ては音無川と呼ばれているのも紀州の地名に擬したとの説があります。
 王子神社は、豊島氏に続いて領主となった小田原北条氏
からも寄進をうけ、江戸時代には、徳川家康が社領として
二○○石を寄進しました。これは、王子村の村高の三分の二
にあたります。別当寺は、王子神社に隣接していた禅夷山
金輪寺で、将軍が日光社参や鷹狩の際に休息する御膳所となっていました。将軍家の祈願所として定められた王子神社は将軍家と関係が深く、三代将軍家光は社殿を新造し、林羅山に命じて「若一王子縁起」絵巻三巻を作らせて奉納しました。家光の乳毋である春日局も祈願に訪れ、その後も、五代綱吉、十代家治、十一代家斉が社殿の運営修繕をし、境内には神門、舞殿などをそなえ、摂末社も十七社を数えました。
 紀州徳川家の出であった八代吉宗は、紀川ゆかりの王子をたびたび訪れ、飛鳥山に桜を植樹して寄進しました。この後、花見の名所となった飛鳥山や王子神社周辺は、江戸近郊の名所として多くの人が訪れるようになります。特に、七月十三日に行われた王子神社の祭礼は「槍祭」ともよばれ、小さな槍を買い求める人や田楽躍を見物する多くの人でにぎわったことが見物記などからうかがえます。
 明治時代にはいると明治元年(一八六八)、准勅祭社となり、東京十社に選ばれ東京北方の守護とされました。
 戦前の境内は「太田道灌雨宿りの椎」と呼ばれた神木を
はじめ、多くの樹木が茂っていましたが、戦災で焼失したため、境内に現存する東京都指定天然記念物の大イチョウは、戦災を逃れた責重な文化財です。戦後は、氏子一同により権現造の社殿が再建され、児在の景観に至っています。

末社関神社 蝉丸法師を祭神とし、理容業者により信仰されている全国でも珍しい「髪」の祖神です。
JR 王子駅 王子神社 正面鳥居を出て左折、旧岩槻街道を南下 JR 王子駅 王子神社 正面鳥居を出て左折、旧岩槻街道を南下 

正面鳥居を抜けると旧岩槻街道で、向かいには王子本町郵便局が入る北区役所第二庁舎がある。



 
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