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業平一丁目交差点〜吾妻橋交番前交差点〜源森橋

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言問通り 業平一丁目交差点で右折、浅草通りへ 言問通り 業平一丁目交差点で右折、浅草通りへ 

東武橋は浅草通りに近い。
言問通り 業平一丁目交差点で右折、浅草通りへ 言問通り 業平一丁目交差点で右折、浅草通りへ 
浅草通り 大横川親水公園 浅草通り 大横川親水公園 

大横川親水公園の始まりで、船の前甲板の遊具が設けられている。
浅草通り 大横川親水公園から見た東京スカイツリー 浅草通り 大横川親水公園から見た東京スカイツリー 
浅草通り 吾妻橋交番前交差点で右折、三ツ目通りへ 浅草通り 吾妻橋交番前交差点で右折、三ツ目通りへ 
三ツ目通り 北十間川に架かる源森橋 三ツ目通り 北十間川に架かる源森橋 
三ツ目通り 源森橋から見える東京スカイツリー 三ツ目通り 源森橋から見える東京スカイツリー 

東武伊勢崎線が北十間川沿いに走る。
三ツ目通り 北十間川に架かる 源森橋 三ツ目通り 北十間川に架かる 源森橋 

 源森橋の名前の由来は、現在の枕橋(本橋から約二百メートル隅田川寄りの橋)、古くは源森橋と呼ばれていたものが、明治初期に枕橋に正式決定されたことから、本橋を源森橋と呼ぶようになったことによるものである。
 その昔、現在の枕橋(旧源森橋)が関東郡代であった伊奈半十郎により中之郷瓦町(現在の吾妻橋地区)から新小梅町(現在の向島地区)に通ずる源森側(現在の北十間川)に架けられた。また枕橋(旧源森橋)北側にあった水戸屋敷内に大川(隅田川)から引き入れた小さな堀があり、これに架かる小橋を新小梅桃と呼んでいた。この二つの橋(旧源森橋、新小梅橋)は並んで架けられていたため、いつの頃からか枕橋と総称されるようになった。
 その後、水戸屋敷内への堀は埋められ新小梅橋もいつしか消滅し、残った旧源森橋は明治初期に正式に枕橋と呼ばれることになり、旧源森橋の東側にあった本橋を源森橋と公称した。   現在の源森橋は、昭和三年に架設した鋼橋(上路式アーチ橋)が約八十年経過し、老朽化したため、平成十九年三月に鋼橋(鋼床版鈑飯桁)に架け替えられたものである。
三ツ目通り 源森橋から見える 東京スカイツリー 三ツ目通り 源森橋から見える 東京スカイツリー 



 
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