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東京メトロ 副都心線 始発 池袋駅
副都心線は和光市を始発とし、小竹向原、池袋、新宿三丁目、明治神宮前を経て渋谷を終点とする。しかし、池袋までは有楽町線と同じ路線であり、ここでは池袋を始発としている。
駅数 8、営業距離 8.9km
【撮影記録】
平成25年 3月 19日 快晴
10:00〜13:00(昼食 10分) 16,400歩(概算 11.5km 地図上 9.7km) 池袋〜渋谷
営業距離 8.9km 駅数 8
3月というのに25℃を越す暑さで、乾燥しているので汗だくにはならなかった。地図システムでは細かく指定できないため、雑司ヶ谷界隈、早稲田大学の西早稲田キャンパスなどで寄り道をしたため距離は増えている。
早稲田の学食のカツカレーを食べたが、よくこんな安かろう云々を学部時代の4年間食べていたものだと思う。院生時代に食べていた教職員食堂はどこにあるか分からないので比較できないが、半世紀前の貧しさというか、周囲に何もなかった環境の良さ(?)のためかは不明である。 |
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池袋駅 中央通路を東進 JR中央口
池袋駅東口に出るには、副都心線のホームの東端から丸ノ内線のホームに出て真っすぐ歩いて東端から出るのが分かりやすいし、人混みに苦労することもない。
今回は3日前の副都心線の東横線延伸で何かイベントでも、と思って中央通路を歩いたが何もなかった。渋谷の囃し立てに比べると気が抜ける。もっとも東横線沿いに住む人間としては、新宿三丁目どころか新宿も年に数回、池袋にいたってはイベントで数年に一回である。 |
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池袋駅 中央通路を東進 東京メトロ 丸ノ内線改札口 |
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池袋駅 東口 東京メトロ 池袋駅
池袋駅東口の西武デパート前の出入り口であるが、副都心線の池袋駅は西口側で、地下街をかなりの距離を歩くか、副都心線のホームの東端にある丸の内線に入って、ホーム伝いに行かなければならない。
「不思議、不思議の池袋、東に西武で」の西武デパートである。 |
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池袋駅 東口 グリーン大通り 東口五差路交差点
左折するとサンシャイン60通りで、直進するとサンシャインシティに向かう。 |
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グリーン大通り 東池袋交差点で都道音羽池袋線(435号)に合流
都道音羽池袋線(435号)は、明治通りと春日通りとが交差する東池袋の六ツ又陸橋交差点を起点とし、護国寺から音羽通りとなって目白通りと合流する目白坂下交差点を終点とする。
高架は首都高5号池袋線である。 |
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グリーン大通り 東池袋交差点で都道音羽池袋線(435号)に合流
交差点の左手にサンシャイン60が見える。サンシャイン60は池袋駅東口方面のランドマークであるが、直方体の外観で歴史を感じさせる。
交差点を過ぎるとエアライズタワーが左に見えるが、界隈の開発が一段落したこともあるが、いつのまにか日出通りと命名されて交差点の名称も付けられて信号機に掲示されている。 |
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日出通り(都道435号 音羽池袋線) 日出町第二公園交差点 池袋のつけ麺の有名老舗 大勝軒
開店は11時で、暖簾分けでできた店によって様々な名前が付いているが、盛蕎麦のように麺を汁につけて食べるつけ麺で有名である。
イベントなどで店の前を通るが、昼食時に通ることが少ない。一度店の前で創業者が置物のように椅子に座っていたので立ち寄った。やや甘めの濃厚な魚介系の出汁で、好みではなかった。 |
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日出通り(都道435号 音羽池袋線) 日出町第二公園交差点
この交差点で左折し、サンシャインシティ横を通り春日通りに出るコースがイベントの定番ルートだが、交差点名がなく、分かりにくかった。日出通りの命名に合わせて標識が付けられた。 |
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日出通り(都道435号 音羽池袋線) 東池袋駅前交差点
交差点の前後に有楽町線の東池袋駅の出入り口があり、目の前に日出通りを横断する都電荒川線の踏切がある。 |
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日出通り(都道435号 音羽池袋線) 東池袋駅前交差点 都電荒川線 東池袋四丁目駅
日出通りの右側が三ノ輪橋駅行きで、道路の向かい側に早稲田行きのホームがある。
この付近ぐらいまでが日出通りと称するようで、この先に日出通りの標識はない。 |
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日出通り(都道435号 音羽池袋線) 有楽町線 東池袋駅 |
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都道435号 音羽池袋線 下水道局道案内看板で右折
首都高5号池袋線の高架の向かい側に雑司ヶ谷霊園があるが、そこへ行くのは容易ではない。分かりやすいのは都道435号 音羽池袋線をさらに進み、小篠坂(小笹坂)付近で雑司ヶ谷霊園の南端を通る道路との交差点で標識に従い右折することである。
しかしこれだと霊園の北にある大鳥神社や鬼子母神へ行くための道が狭い住宅街を通るため分かりにくく、高架に掲げられた下水道局への道案内を目標に曲がるほうが良い。曲がってそのまま路地を通れば突き当りに霊園がある。 |
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雑司ヶ谷霊園 突き当りで右折
一見突き当たりの通路を通りそうになるが、狭く歩きにくい。右折して少し歩くと霊園案内図付きの大きな道があり、そこで左折する。 |
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雑司ヶ谷霊園 霊園案内図(霊園入口)
約10haの広さを持つ広大な都営の霊園。この辺りは江戸時代には将軍家の鷹場として御用屋敷や御鷹部屋があった所で、明治初期、共同墓地として霊園が造営された。夏目漱石など多くの著名人が静かに眠っている。
と、イベント時にJRのコース案内には書かれているが、有名人墓所の案内板があるわけでなく、実際には分かりにくい。イベントでは偶然市村羽左衛門の墓、尾上梅幸の墓を見つけることができた。 |
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雑司ヶ谷霊園を南下
青山霊園では有名人の墓所に説明板が立てられ、偶然かもしれないが日露戦争前に死去した参謀総長の川上操六大将の墓が大きな道路沿いにある。谷中霊園も同様だが、雑司ヶ谷霊園にも有名人の墓があるはずだが、案内もなく全くわからない。 |
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雑司ヶ谷霊園 突き当りを右折
左奥に見える管理事務所に向かう。 |
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雑司ヶ谷霊園 突き当りを左折
左奥に見える管理事務所に向かう。 |
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雑司ヶ谷霊園 霊園案内図(管理事務所前) |
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雑司ヶ谷霊園 崇祖堂、管理事務所
左が崇祖堂、右が管理事務所である。
管理事務所前の道を直進し、坂を下ると雑司が谷七福神(毘沙門天)の清立院で、その門で右折する。 |