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万歩計



(From H14-10-28)

目次









掲示板(一言どうぞ)

早稲田大学


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 【見出し】
        
(10) 早稲田大学 ホームカミングデー2014(H26-10-19)
(09) 早稲田界隈の桜散策(H23−04−11)
(08) 西早稲田キャンパス(本部)
(07) 戸山キャンパス(文学部)
(06) 西大久保キャンパス(理工学部)
(05) 早稲田大学界隈
(04) 創立125周年 稲門祭(H19-10-21、22)
(03) ホームカミングデー(H16−10−24)
(02) 全早慶ラグビー(H17−03−20)
(01) 早稲田、ラグビー大学日本一(栄光の歴史)



  (10)早稲田大学 ホームカミングデー2014(H26-10-19)

 諏訪通り沿いの早稲田大学戸山キャンパス正門から記念会堂へ向かう。例年同期会などでまとまって参加する人が多く、少し遅れるといい席は取れないので開始1時間前の開場とともに入場する。席を確保して午後からのキャンパスツアーの予約をしに本部(早稲田キャンパス)に向かう。人気のツアーとはいえ、受付開始後10分で予約は37番である。記念会堂に戻り、式典の開演を待つ。式典が始まり、応援部員とチアリーダーによる応援風景が演じられた後、大学関係者、校友会幹部入場し、総長式辞や校友会幹部挨拶が行われる。最後に参加者全員で校歌「都の西北」を斉唱後、応援部による「早稲田の栄光」に送られて大学関係者、校友会幹部が退場して式典を終えた。
 戸山キャンパスから式典参加者で溢れている諏訪通りを歩き、早稲田通りと交差する馬場下町交差点を渡って早大南門通りに進む。三朝庵は大隈侯御用達の店として有名であるが、諸説あるものの玉子とじカツ丼とカレーうどん発祥の店としても知られる。早大南門通りには学生相手の多くのレストランが有るが、どこも記念式典に参加しなかった人や予約客で入ることが出来ない。大隈講堂の先の大隈庭園では東京23区や神奈川などの稲門会による模擬店がある。昼食を兼ねて生ビールで喉を潤した後、キャンパスツアーに参加するため早稲田キャンパス(本部)に向かう。

 政経学部の現役女子大生のツアーガイドによりキャンパスツアーが行われた。集合場所の會津八一記念博物館(旧中央図書館)からメインストリートに出て、1ヶ月前にオープンした3号館(政経学部)を過ぎ大隈侯銅像前で右折、坪内博士記念演劇博物館(5号館) に向かう。右手と握手すると早稲田と縁が出来、合格する、と言われている坪内逍遥先生像の横の6号館を通り抜けて右折、北門でグランド坂通りを渡り、総合学術情報センター(旧 安部球場)へ入る。総合学術情報センター(旧 安部球場)は左に中央図書館、右に国際会議場があり、小広場の安部球場関連記念碑を見た後北門に戻る。
 演劇博物館から北門への道を逆に歩き6号館と15号館の間を南下、稲門祭風景を見物する。大隈侯銅像前で突然サンバの強烈な音楽が鳴り響くも人混みで何が起きているのか分からない。2人のスレンダーな踊り子が踊りながら通りすぎて前後を楽隊が続くが、その後には地方の名産品販売屋台の幟を掲げたグループが続く。サンバとの関係は分からない。大隈侯銅像を見た後、地方の名産品販売屋台が並ぶメインストリートを東進して大隈講堂に至る。キャンパスツアーの目玉で普段は教職員でも立ち入れない大隈講堂の時計台に上り、貴賓専用の大隈回廊にある大礼服姿の大隈侯の像を見物する。10年前にはあったクリントン元大統領記念講演の横断幕は時計台の小部屋にはなかった。

  (9)早稲田界隈の桜散策(H23−04−11)

 急坂の目白坂を上りきった所に明治の元勲の山県有朋の山荘だった椿山荘があり、向かいに丹下健三の設計によるカテドラル聖マリア大聖堂、隣接して講談社初代社長の野間清治のコレクションが展示されている野間記念館がある。
 さらに進み、民家横を左折すると肥後熊本細川家の下屋敷跡で、細川家の歴史資料や文化財が公開された永青文庫を経て、江戸川公園の胸突坂へ至る。旧田中角栄邸の遺産相続の物納分で、全体の1/5に相当する目白台運動公園、田中真紀子邸(旧田中角栄邸)、日本女子大と経て、千登世橋からかなりの高低差がある階段を下りて明治通りへ出る。
 明治通りを南下し、満開の桜並木を背景に都電荒川線を撮る有名な撮影スポットである神田川に架かる高戸橋を過ぎ、高戸橋交差点で左折、新目白通りへ入ってすぐ左折し、神田川の南側遊歩道を歩く。神田川の両岸から満開の桜並木がアーチを作り、曙橋、面影橋、三島橋と過ぎて、甘泉園に行くため新目白通りへ出る。面影橋には、北詰に太田道灌の山吹の枝の故事に因む「山吹の里」の碑や、南詰に面影橋の由来案内がある。
 新目白通りの西早稲田パークタワー交差点で右折、早稲田大学西早稲田ビル向かいの水稲荷神社参道に入る。参道の階段を上ってすぐ左に堀部安兵衛之碑があり、高田馬場の仇討ちの顛末(叔父の決闘、仇討ち、堀部弥兵衛への養子縁組)が書かれている。水稲荷神社参道に入ってす右に甘泉園入口があり、小さいが静かな日本式庭園である。甘泉園という名は、園内に湧き水があり、清冽で常時涸れず、また、茶に適した事に因む。御三卿の清水家の下屋敷だった所で、早稲田大学から新宿区ヘ移管し、整備された。甘泉園出口前で右折、新目白通りへ出る。

 新目白通りの都電荒川線早稲田駅手前で右折、満開の桜が咲く早稲田大学総合学術情報センター(旧 安部球場)に入り、中央図書館、「早稲田野球の父」である安部磯雄像(右)と「学生野球の父」と称された飛田穂洲像(左)、早慶戦百周年記念碑を見て北門に向かう。
 ITセンター脇を通り、シェークスピア時代の劇場を模した坪内博士記念演劇博物館に出て、坪内逍遥先生像の右手と握手すると早稲田と縁が出来、合格する、と言われる早稲田伝説を見る。政経学部、国際コミュニティセンター前を進み、大隈侯銅像、かつての中央図書館である會津八一記念博物館をへて、大隈講堂に至る。
 大隈講堂の横にある大隈庭園は「授業実施日」でないため入れず、同好会やサークルのペナント製作店や学生食堂などが並ぶ大隈通りを歩く。突き当たりの老舗金城庵前で右折、グランド坂通りへ出てすぐ右折、新目白通りへ進み、リーガロイヤルホテル東京向かいの交差点手前で左折して神田川に架かる駒塚橋を渡る。
 駒塚橋北詰の胸突坂は早稲田と日本女子大とを結ぶ急坂で、上った所には多くの見るべきものがある。坂を上り始めてすぐに松尾芭蕉の関口芭蕉庵があり、細川藩の文書を集めた永青文庫、早稲田などの学生を集めた和敬塾、目白通りの講談社野間記念館、カテドラル聖マリア大聖堂、椿山荘と続く。
 神田川北側遊歩道沿いの江戸川公園の桜並木は散り始めで、関口芭蕉庵、椿山荘冠木門と過ぎて音羽通りに出て、江戸川橋交差点で右折、新目白通りにある有楽町線の江戸川橋駅に至る。
  (8)西早稲田キャンパス(本部)

 今から30年ほど前、母校の大学院(理工学研究科)を修了した時は本部と呼んでいたが、今は西早稲田キャンパスと呼ばれている。東西線を西船橋から中野まで歩いた平成15年2月、ちょうど受験に重なり、守衛に入ることを禁じられた。
1年後の16年3月、JR主催の都電沿線を歩くイベントに参加した時は、風も強く、氷雨が降っていたが、閑散とした構内に入ることが出来た。昔は革マルの本拠としてアジ演説で騒然とし、構内の到る所にあった大きな立て看は全く無く、大隈侯像から大隈講堂が一望に見渡せるのは少し寂しくもあった。

16年10月のホームカミングデーでは、普段入れない大隈講堂の時計台や会津八一記念博物館など、初めてのものが多く見られた。
  (7)戸山キャンパス(文学部)

 理工学部から本部まで歩く途中に文学部がある。第二文学部に1年上級生の吉永小百合が通っていた。記念会堂は東京オリンピックのフェンシング会場で、入学式や卒業式で使われていた。
  (6)西大久保キャンパス(理工学部)

 理工学部が建設され始めたのは、明治通りを挟んで反対側の都立戸山高校に通っていた頃で、本館(51号館)は入学してから建てられた。本部と違い、入試が重ならなかったせいか、自由に見ることが出来た。当時は出来たばかりだったせいか、広々としていたが、その後の増設などでごちゃごちゃした感じになった。現在明治通り沿いに東京メトロ(旧営団)地下鉄13号線が建設中で、西早稲田駅が理工学部前に出来る。
  (5)早稲田大学界隈

 平成15年に東西線沿線撮影で来た時は、入試で大学に入れず、早稲田通りや、都電早稲田駅、グランド通りなど懐かしいところを撮影した。平成16年の春、都電荒川線沿線撮影時に、甘泉園などを撮った。更に秋には目白や神楽坂散策時に、永青文庫、胸突坂や穴八幡などを撮った。
  (4)早稲田大学 創立125周年記念稲門祭(H19−10−20、21)

 21日に創立125周年記念式典が行われる戸山キャンパス(文学部)は、会場の記念会堂で始められようとしている。南門通りを経て本部(西早稲田キャンパス)に行き、早稲田今昔探訪ツアーを申し込むも、4時間後の14時分しかなく断念した。9時半からの受付で10時に行ったにもかかわらず、である。さすがに時間が早く、記念グッズを売るテント以外は閑散としている。嘗て絞めていた臙脂と黒のネクタイも、WASEDAと派手に刺繍されており、買えなかった。大隈講堂脇の車に設置された大型テレビは、白井総長の祝辞に続き、6人目の首相である福田首相の祝辞が移り、見入る人でごったがえしている。
 早稲田今昔探訪ツアーに参加できないため、時間を持て余し、午後からのイベント準備をする大隈庭園や、を散策する。大隈講堂には改装の寄附寄贈者の銘板が飾られている。前日の20日は卒業生を迎えるホームカミングデーで、正門から大隈侯像までのメインストリートは色々な土産物を売るテントに多くの人が群がっていた。定番のマスコット角帽やラグビーの臙脂と黒のシャツやネクタイを始め、色々な本などが売られている。早稲田地ビールは1杯500円で、よく冷えていて結構美味しい。

  (3)早稲田大学ホームカミングデー(H16−10−24)

 卒業後50年(昭和30年卒)、45年(昭和35年卒)、35年(昭和45年卒)、25年(昭和55年卒)の4年次の卒業生が稲門祭に招待され、旧交を温めた。普段入れない大隈講堂時計台の中を見物し、かっての安部球場跡や、本部図書館が一変しているのには驚いた。
  (2)全早慶ラグビー(H17−03−20)

 大学院1年だった昭和46年、三菱自工京都を破り、全日本に輝いて以来の秩父宮だった。早稲田はここ数年の復活そのままの活躍で、24-14で快勝した。ハーフタイムにはチアガールが登場するなど、お祭気分であった。

  (1)早稲田、ラグビー大学日本一(栄光の歴史)

早稲田、トップリーグ4位トヨタに勝利(H18−02−12)

 学生史上最強といわれる今年の早稲田は、昭和63年に東芝府中を破り、日本一に輝いて以来の学生チームの社会人上位チームへの勝利を飾った。
前半からトヨタを圧倒し、後半特にロスタイムに入ってからの執拗な攻撃を凌ぎ切り、18年ぶりの勝利を挙げ、準決勝に駒を進めた。

早稲田、ラグビー大学日本一(H18−01−08)
 平成18年1月8日、早稲田は強力フォワードの活躍、華麗なバックスの連携で関東学院を41-5と圧倒、31年ぶりの大学日本一連覇を達成した。関東大学の対抗戦グループでは向かう所敵無しの全勝の5連覇を達成した。

早稲田、ラグビー大学日本一(H17−01−09)
 平成17年1月9日、早稲田は前年の屈辱を晴らし、強力フォワードの活躍、華麗なバックスの連携で関東学院を粉砕、大学日本一を奪還した。関東大学の対抗戦グループでは向かう所敵無しの4連覇を達成した。

早稲田、ラグビー大学日本一(H15−01−11)
 平成15年1月11日、早稲田は13年ぶりに大学日本一を奪還した。残念ながら昭和63年に東芝府中を破り、それが最後となった学生による日本一を達成することは出来なかった。
 しかし、かって学生界に敵なく、新日鉄釜石などを破って日本一を飾った学生時代を送った人間として、久しぶりに聞く「荒ぶる」だった。


 
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