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掲示板(一言どうぞ) |
永代橋〜門前仲町〜東陽町
茅場町〜永代橋〜門前仲町
永代通りを東進、亀島川に架かる霊岸橋を渡り、新川一丁目交差点を過ぎると河村瑞賢屋敷跡、永代橋西交差点には船員教育発祥之地碑がある。隅田川に架かる永代橋から月島リバーシティ21(下流側)、東京スカイツリー(上流側)が見える。
永代橋は、文化4年(1807年)8月に、深川八幡の祭礼の人出で橋が崩落、440名が溺死した。深川にあった海福寺に供養塔が作られたが、明治43年(1910年)に目黒に移転、供養塔も移った。永代二丁目交差点を過ぎ、門前仲町交差点で清澄通りを渡る。
門前仲町〜洲崎神社〜東陽町
永代通りを歩き、深川不動尊、富岡八幡宮と過ぎて、平久川に架かる汐見橋を渡り、首都高9号深川線の高架下を進んですぐの木場五丁目交差点で右折、三ツ目通りへ入る。平木橋を渡ってすぐ左折、正面に赤い鳥居の洲崎神社が見え、境内に津波警告の碑、波除碑がある。
寛政3年(1791)9月3日に大雨が降り始め、翌日、深川洲崎一帯に襲来した高潮で多数の死者、行方不明者が出た。幕府はこの災害を重視して洲崎弁天社から西の5,467余坪を買上げて空地とし、さらに同6年(1794)12月、空地東西の北端に波除碑2基を建て、見通しの標とした。波除碑は当時は高さ6尺、角1尺であったが、材質が砂岩で脆く、関東大震災と戦災で破損が著しい。洲崎川緑道公園を歩き、東陽町駅前交差点で四ツ目通りを渡り、東京メトロ東西線の東陽町駅に着く。
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