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目黒駅〜武蔵小山駅〜大岡山駅
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地図上の歩行距離 6.2km(システムの機能上、実際のルートと違う場所があります)
Nkm/Mkm N:区間距離、M:起点からの累積距離
経路 A:目黒駅〜行人坂〜B:目黒不動尊(瀧泉寺)(1.2km)〜禿坂〜C:不動前駅(0.8km/2.0km)〜
禿坂〜D:武蔵小山駅(1.6km/3.6km)〜住宅街〜E:西小山駅(0.8km/4.4km)〜
西小山緑道(目黒線廃線跡)〜F:洗足駅(0.8km/5.2km)〜目黒線沿い〜G:大岡山駅(1.0km/6.2km)
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目黒駅〜行人坂 大円寺〜蟠龍寺
目黒駅前から急坂の行人坂にあるホリプロ本社横を下り、中腹にある大円寺に寄る。大円寺には、明和9年2月(1722)、本堂から出火、江戸六百余町を焼き、多くの死者を出した江戸三大大火の一つである行人坂の大火と、八百屋お七の恋人である吉三(出家して西運)の遺構がある。本堂に向かって左には明和の大火、行人坂の大火の遺構である大円寺石仏群が、右には八百屋お七の恋人だった吉三(西運)の遺構がある。大円寺石仏群の五百羅漢は行人坂の火事で亡くなった人々を供養するために建立された。本堂左奥には国宝の生身の釈迦如来がある。本堂右の阿弥陀堂手前には、八百屋お七と吉三(西運)の石碑や由来案内がある。
行人坂を下りた所にある雅叙園には 「お七の井戸」がある。吉三(西運)が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら、水垢離をとったことから「お七の井戸」と言い伝えられている。 目黒川に架かる太鼓橋を渡り、突き当りで左折、山手通りの下目黒二丁目歩道橋を渡って山手七福神の弁財天を祀る蟠龍寺に入る。蟠龍寺には岩窟弁財天とは別に弁天堂がある。
海福寺〜五百羅漢寺〜目黒不動尊(瀧泉寺)
中央環状品川線の工事が進む山手通りの羅漢寺交差点で右折、海福寺を訪れる。山門の四脚門に向かう階段の中頃に「文化四年永代橋崩落横死者供養塔及び石碑」がある。文化4年(1807年)の深川八幡の祭礼の時、人出のため永代橋が落ち数百人の人々が水死した。近くの深川海福寺に無縁仏が埋葬され、供養塔が建立された。その先に目黒界隈では珍しく有料拝観(多分唯一の)で、イベントで参拝する人は殆どいない五百羅漢寺がある。目黒不動尊(瀧泉寺)の塀沿いに細道を歩くと仁王門前に出る。
仁王門前に白井権八と小紫の比翼塚がある。鈴ヶ森刑場で処刑された愛人白井権八と、彼の墓前で自害した遊女小紫の来世での幸せを祈り建てられたという。仁王門を抜けると青木昆陽(甘藷先生)に因んだ甘藷まつりの幕が飾られた男坂があり、その左に垢離堂、青龍の吐水口から流れ落ちる独鈷の滝、水かけ不動明王がある。男坂を上ると本堂で、本堂前広場には災厄除の護衛不動尊、八大童子がある。本堂裏には銅造大日如来坐像があり、目黒不動尊と不動公園の間の道を東進すると墓地の外れに青木昆陽(甘藷先生)の墓がある。
不動前駅〜武蔵小山駅〜大岡山駅
目黒不動尊から参道商店街を南下、かむろ(禿)坂通りに出て左折し、サクラ並木が続くかむろ(禿)坂を下る。自害した白井権八なじみの遊女小紫を探しに来てならずものに襲われ、自殺したお付の禿を悼んでかむろ(禿)坂と名付けられた。松屋角で右折、不動前駅に寄った後かむろ(禿)坂通りを戻り、小山台一丁目交差点を経て小山台小学校前交差点で左折、平和通りへ進む。都立小山台高校前を南下、目黒線の廃線跡に作られた駐輪場がある交差点で右折して駅前商店街を西進、武蔵小山駅に至る。
武蔵小山商店街パルムは、完成当時は東洋一と称され、終端の中原街道の先から戸越銀座が始まるため長大な商店街を構成する。目黒線の南側沿いの商店街を西進し、三井住友銀行がある交差点で26号線通り(都道420号)を渡る。さらにひたすら直進すると突き当りに荏原六中があり、荏原六中裏で右にある武蔵小山緑道公園(目黒線廃線跡)に入り、西進すると西小山駅に着く。駅前商店街の南角を右折して西進し、西小山緑道公園(目黒線廃線跡)に入り、目黒線地上部の左側道を進んで目黒線の線路横に出て進み、洗足駅に着く。駅舎の左の道路を西進し、北千束五差路交差点で環七通りを渡り、線路沿いに歩くと駅前に東工大がある大岡山駅に至る。
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