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富岡八幡宮(大鳥居〜大関カ士碑〜正面参道)

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有名神社 富岡八幡宮
第8回 粋な下町文化が根づく街、深川を歩くH230420(清澄庭園〜深川えんま堂〜富岡八幡宮)


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永代通り(都道10号) 富岡八幡宮 大鳥居 永代通り(都道10号) 富岡八幡宮 大鳥居 

今月(平成24年11月)の8日と20日に行われる酉の市の飾り付けが行われている。
富岡八幡宮 大鳥居界隈 境内案内図 富岡八幡宮 大鳥居界隈 境内案内図 
富岡八幡宮 正面参道 伊能忠敬 日本測量出発地 富岡八幡宮 正面参道 伊能忠敬 日本測量出発地 

伊能忠敬銅像
 近代日本地図の始祖である伊能忠敬先生は、事業に成功したあと五〇歳のとき江戸に出て、当宮近くの黒江町(現在は門前仲町一丁目)に隠宅を構えていました。
 約二00年前の寛政十二年閏四月十九日(陽暦では一八〇〇年六月十一日)の早朝に当宮に参拝して蝦夷地(北海道)測量の旅に出かけました。
 忠敬先生はこのときを含めて全部で一〇回の測量を企画しましたが、遠国に出かけた第八回までは、出発の都度必ず、内弟子と従者を率いて富岡八幡宮に参詣して、無事を祈念したのち、千住、品川宿など測量開始地点に向かって歩き出しました。当宮は伊能測量にとってたいへん御縁の深い場所であります。
 伊能測量開始二○○年にあたり、「伊能ウォーク」、地図・測量、土地家屋調査士、伊能忠敬研究会などの関係者が中心となって、広く一般から浄財を公募して建立されました。
富岡八幡宮 正面参道 伊能忠敬 日本測量出発地 富岡八幡宮 正面参道 伊能忠敬 日本測量出発地 
富岡八幡宮 正面参道 大関カ士碑 富岡八幡宮 正面参道 大関カ士碑 

 当宮は江戸勧進相撲発祥の地として知られ、明治年間には歴代横綱の名を刻んだ横綱カ士碑(本殿に向かって右側の奥)が建立されましたが、この大関カ士碑は歴代の大関を顕彰し(横綱に昇進した力士と実際に取組みには入らなかった看板大関を除きます)昭和五十八年に建てられた碑で、九代目市川団十郎と五代目尾上菊五郎が明治年間に寄進した仙台石を利用しています。
富岡八幡宮 正面参道 大関カ士碑 富岡八幡宮 正面参道 大関カ士碑 

横綱碑は御本社右側裏参道の碑があるが、目立つ正面参道の大鳥居脇の大関力士碑と違い、分かりにくい。
富岡八幡宮 正面参道 釈迦獄等身碑 富岡八幡宮 正面参道 釈迦獄等身碑 

寛延二年(一七四九)出雲国(現安来市)に出生。松平家のお抱え力士雷電為五郎の弟子となり大坂で初土俵。明和七年(一七七〇)江戸番付に東大関として登場する。身の丈七尺五寸(二米二六糎)、四拾五貫八百匁(一七二瓩)の巨体があった。
江戸在場所中の成績は二三勝一分一預という高い勝率を残した。
安永四年(一七七五)若干二十六才にて没したのは惜しまれる。この碑は天明七年実弟の真鶴咲右衛門により建立された。
富岡八幡宮 正面参道 釈迦獄等身碑 富岡八幡宮 正面参道 釈迦獄等身碑 
富岡八幡宮 正面参道 強豪関脇力士碑 富岡八幡宮 正面参道 強豪関脇力士碑 

何をもって「強豪」というかは分からないが、数多い関脇の中で力道山、鶴ヶ嶺、逆鉾など馴染みの力士名がある。
富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 
富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 
富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 富岡八幡宮 正面参道 富岡八幡宮御本社神輿(日本一の大神輿) 

 当八幡宮には、江戸時代深川に屋敷のあった紀伊国屋文左衛門より三社託宣に因み八幡造り・神明造り・春日造りの三基三様の神輿が奉納され、みこし深川と云われて参りましたが大正十二年の関東大震災で惜しくもその全てを焼失してしまいました。それ以来、御本社神輿の復活は深川っ子の念願でありましたが、平成の御世になり漸く昔に優るとも劣らない豪華な大神輿が復活致しました。
富岡八幡宮 正面参道 酉の市露店 富岡八幡宮 正面参道 酉の市露店 

酉の市名物の熊手を飾る竹が店内に立てられている。
富岡八幡宮 本殿手前の階段下で右折、東参道へ 富岡八幡宮 本殿手前の階段下で右折、東参道へ 
富岡八幡宮 東参道 神馬像 富岡八幡宮 東参道 神馬像 
富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木遣りの碑 富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木遣りの碑 
富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木遣りの碑 富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木遣りの碑 
富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木場の木遣りの由来 富岡八幡宮 東参道 婚儀殿前 木場の木遣りの由来 

 「木場の木遣り」の発祥は古く、文献によれば、既に慶長初期の昔に行れている。当時、幕府のお船手の指図で、伊勢神宮の改築用材を五十鈴川より木遣りの掛け声で水揚げをした、とある。元来、神社の鳥居や大柄な用材を納める場合には木場の木遣り特有の「納め木遣り」が用いられ、保存会により今日に伝えられている。
 元禄の始めには、武家屋敷の並ぶ両国の七つ谷倉の間部河岸という所で三代将軍家光公に筏の小流し(さながし、筏組)、角乗り、木遣りをご覧に入れ、以後年中行事となった。この時、川並みという言葉が発祥したと伝えられる。
 明治十二年、米国のグラント前大統領が来日の際に、木遣りは角乗りと共に上野の不忍池で天覧の栄に浴している。
 江戸の昔より正月二日から七日に掛け木遣りにて初曳きし、材木屋さん売り捌くのを年中行事としていた。
富岡八幡宮 東参道 婚儀殿 富岡八幡宮 東参道 婚儀殿 



 
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