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泉岳寺 中門
切妻造、本瓦葺、一間一戸四脚門で、天保七年(一八三六)に再建されたものです。左右に袖塀を持ち、正面右手には通用門を持っています。また、番小屋を配し、禅宗寺院の中門の様式の中でも格式の高い様式を残した門です。 |
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泉岳寺 中門 |
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泉岳寺 中門 |
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泉岳寺 門前の土産物店
播州赤穂の名物である「しほみ饅頭」が売られている。 |
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泉岳寺 山門
入母屋造、本瓦葺、三間一戸八脚門で、天保年間に再建されたものです。楼上に極彩色の十六羅漢像が安置され、階下の天井には銅彫大蟠龍がはめ込まれています。区内に残された楼門建築は、他に増上寺三解脱門があるだけで、貴重な遺構です。 |
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泉岳寺 山門 |
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泉岳寺 山門 |
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泉岳寺 山門前の案内
一、当山は慶長十七年(西暦一六一二)
徳川家康公の創立(曹洞宗 江戸三ヵ寺の一つ)
開山は門庵宗関禅師(今川義元の孫)
一、山門建立は三十四世
大道貞釣和尚(天保三年 西暦一八三二)
天井の龍
関義則作(日本の彫金の元祖) |
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泉岳寺 山門脇 大石内蔵助良雄像 |
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泉岳寺 本堂 |
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泉岳寺 「書院」再建勧進趣意
本堂横に掲示されており、「当寺開創四百年記念に因む事業として」と書かれている。 |
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泉岳寺 萬松山泉岳寺の縁起
当萬松山泉岳寺は、慶長十七年(一六一二)徳川家康が幼年、身を寄せた今川義元の菩提を弔うため、江戸城に近接する外桜田の地に創建し、門庵宗関和尚(一五四六〜一六二一)を迎えて開山となした。宗関和尚は永平寺の道元禅師によって開かれた曹洞宗の第四代瑩山禅師開創の総持寺の門派である太平山大中寺(栃木県)の十一世建室宗寅和尚(義元の実弟)の高弟であり、今川義元の孫と云われる人物で、度々登城を請われ法問を聴取されたと伝えられている。当寺の萬松山は松平の松より、「松萬代に栄ゆる」の意から、寺号泉岳寺は、徳川に因み、「源の泉、海岳に溢るる」の意からつけられたと旧梵鐘の銘に記されている。(以下略) |
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泉岳寺 本堂からの境内風景
中央奥の建物は赤穂義士記念館で、木立で見えないがその右に墓所がある。 |
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泉岳寺 鐘楼、信徒墓所 |
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泉岳寺 赤穂義士 墓所参道
赤穂義士の墓所については別ページにまとめた。 |
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泉岳寺 赤穂義士記念館 |
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泉岳寺 赤穂義士記念館からの境内風景
本堂の上に二本榎通り(メリーロード高輪)の東海大学付属高校と中学校の校舎が見える。 |
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泉岳寺 主税の梅
三田松平隠岐守邸内にて大石主税外九人の者此の梅樹下にて切腹せしと伝えられる。 |