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JR 横須賀線 品川駅 JR 横須賀線 品川駅 

【撮影記録】
平成22年 12月 17日 晴れ
10:50〜13:50(昼食15分) 17,400歩(概算 13.1km 地図上の距離 12.9km)
横須賀線 品川〜武蔵小杉
営業距離 10.0 km 駅数 2

品川から横浜までは、貨物線だった所で、今は住宅街を直線的にを走るため、第一京浜、国道1号、環七通り、中原街道と大回りしなければならない。
歩き始めた時は風もあり、肌寒かったが、止むと熱くなるのは今年の特徴である。前回の7年前は武蔵小杉はなく、西大井から東急大井町線沿いに歩いたが、分かりにくいため、国道1号、環七通りを歩いた。
JR 品川駅 高輪口 JR 品川駅 高輪口 
第一京浜 高輪口 品川プリンスホテル 第一京浜 高輪口 品川プリンスホテル 
第一京浜 八ツ山橋交差点で左折、八ツ山通りへ 第一京浜 八ツ山橋交差点で左折、八ツ山通りへ 
八ツ山通り 八ツ山橋 八ツ山通り 八ツ山橋 

JRの跨線橋で、渡った所に京急の踏切がある。
八ツ山橋を渡り右折、第一京浜へ 八ツ山橋を渡り右折、第一京浜へ 

八ツ山橋交差点から第一京浜は自動車専用となり歩道がない。八ツ山橋を渡ってすぐ右折すると、道沿いに小公園があり、ここも第一京浜と称する。
第一京浜 小公園沿いに歩く 第一京浜 小公園沿いに歩く 
第一京浜 小公園沿いに歩く 第一京浜 小公園沿いに歩く 

小公園には東海道五十三次の宿場名が書かれた石柱が立つ。写真では蒲原宿で、左は次の「由井」宿となっている。「由井」は、正しくは「由比」のはずだが、何故誤記しているのかは不明である。
第一京浜 新八ツ山橋東詰交差点で左折 第一京浜 新八ツ山橋東詰交差点で左折 

左折して本来の第一京浜に入る。
第一京浜 京急本線 北品川駅 第一京浜 京急本線 北品川駅 

新八ツ山橋東詰交差点で左折してすぐにあるが、京急の線路の反対側に旧東海道の品川宿がある。
第一京浜 東海道品川宿入り口 第一京浜 東海道品川宿入り口 
第一京浜 東海道品川宿入り口 第一京浜 東海道品川宿入り口 

北品川駅駅舎のすぐ先にある踏切で、渡ると旧品川宿となる。
第一京浜 磯の清水 第一京浜 磯の清水 

江戸時代、北品川宿畑地内(現在の北品川駅付近)に昔から磯の清水と呼ばれる名水の出る清水井がありました。
宿内の半数以上の家でこの井戸の水を飲料にしていました。干魃の折にも涸れることがなかったといいます。このことから、この横町を清水横町と呼んでいました。
第一京浜 品川神社 第一京浜 品川神社 

品川神社は、東海七福神の大黒天で、境内には立派な富士塚がある。

後鳥羽天皇の御世、文治三年(1187年)に、源頼朝が海上交通安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である、天比理乃命(あめのひりのめのみこと)を勧請して、品川大明神と称し、今は社名を品川神社と改めた。
第一京浜 北品川二丁目交差点で山手通りを渡る 第一京浜 北品川二丁目交差点で山手通りを渡る 
第一京浜 目黒川に架かる東海橋を渡る 第一京浜 目黒川に架かる東海橋を渡る 

左折し、目黒川沿いに進むと東海七福神の恵比寿天を祀る荏原神社がある。

和銅2年(709)の創建で、古くは貴布院大明神、天王社と称し東海道品川宿の総鎮守であった。江戸時代には幕府の信仰も篤く、徳川家康が神領寄進。また明治天皇が東幸の際に内侍所とされた。
都内で唯一、荏原神社天王祭御神面神輿海中渡御が行われることでも有名。
第一京浜 南品川四丁目交差点で右折、ゼームス坂へ 第一京浜 南品川四丁目交差点で右折、ゼームス坂へ 



 
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