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第一京浜(国道15号)を北上 |
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第一京浜(国道15号) 高輪大木戸跡
高輪大木戸跡は、泉岳寺交差点の斜め向かいにあり、一目で謂れのある場所、と思わせる遺構である。
高輪大木戸は、宝永七年(一七一〇)に芝口門にたてられたのが起源である。享保九年(一七二四)に現在地に移された。旧東海道の両側に石垣を築き夜は閉めて通行止とし、治安の維持と交通規制の機能を持っていた。天保二年(一八三一)には、札の辻から高札場も移された。江戸時代後期には木戸の設備は廃止され、現在は、石垣のみが残されている。 四谷大木戸は既にその痕跡を止めていないので、東京に残された、数少ない江戸時代の産業交通土木に関する史跡として重要てある。 |
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第一京浜(国道15号)を北上 |
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第一京浜(国道15号) 高輪郵便局前交差点 |
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第一京浜(国道15号) 御田八幡神社
鬱蒼とした木立の中にあり、由緒深げな神社であるが、由緒などの案内はない。 |
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第一京浜(国道15号) 御田八幡神社 |
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第一京浜(国道15号) 御田八幡神社 |
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第一京浜(国道15号) 札の辻交差点 |
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第一京浜(国道15号) 札の辻交差点
左折し、白山祝田田町線(都道301号)に入ると三田二丁目交差点で桜田通(国道1号)に合流する。正面には東京タワーが見える。 |
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第一京浜(国道15号) 札の辻交差点
江戸時代のはじめ、ここに高札場が設けられて、布告法令などが掲示されたところから、札の辻と呼ぶようになりました。元和二年(一六一六)には、芝口門をここに建てて、江戸正面入口としての形式を整えました。この門は「日暮御門」といわれましたが、これはこの東がすぐ江戸湾に接し、海を隔てて房総の山々を望む、一日眺めてもあきない景色であったためといわれます。
その後高札場は、天和三年(一六八三)に南方の高輪(後の大木戸の場所)に移されました。また、宝永七年(一七一〇)に、芝口門は新橋北側に建替えられ、ここは「元札の辻」と呼ぶようになりましたが、明治維新後はまた「元」を略して「札の辻」と呼んでいます。 |
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第一京浜(国道15号) 田町駅前歩道橋 |
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都営 浅草線 三田駅 |