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外堀通り 飯田橋職安前交差点で左折
ここから富坂下交差点までは東京メトロの南北線と同じ経路である。
大江戸線は今回歩くコースで走り、中大理工学部の下を経て春日通りに入る。南北線は東京ドームの下を南北に走り、千川通り沿いに行く。 |
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小石川後楽園 正門
水戸徳川家上屋敷に藩祖徳川頼房が着手、徳川光圀が完成させ、徳川斉昭が手を加えた。明末の儒者朱舜水を登用し、中国趣味を取り入れた回遊式築山泉水庭園である。入口は西側にあり、東京ドームの反対側にある。 後楽園遊園地の近く以外は都会の喧騒も無く、大泉水、西行堂、駐歩泉、竜田川、蓬莱島、八つ橋、円月橋などがある。
岡山の後楽園と区別するため、「小石川後楽園」と言われる。 |
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小石川後楽園 江戸城外堀石垣を再利用した石積
左手築地塀の石垣の一部(プレート設置個所)は、江戸城鍛冶橋門北側外堀趾(千代田区丸の内一丁目)から出土した石垣の石材を使い、本園の作られた江戸時代初期(17世紀初頭)の「打ち込みハギ」と呼ばれる石積の技法で再現しました。 石材には、備中(岡山県)成羽藩主山崎家の(山)をはじめ石垣を築いた大名を表す「刻印」や石割の際の「矢穴」が残っています。数字は発掘調査で出土したとき付けた番号です。 |
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小石川後楽園 江戸城外堀石垣を再利用した石積 |
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突き当りの後楽一丁目歩道橋先交差点で右折、都道牛込小石川線(都道434号)へ |
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都道牛込小石川線(都道434号) 小石川後楽園沿いに歩く |
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都道牛込小石川線(都道434号) 後楽園駅前交差点 |
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後楽園駅前交差点 歩道橋で都道牛込小石川線(都道434号)を渡る
正面に東京ドームシティアトラクションズ(旧後楽園ゆうえんち)の施設があり、右に東京ドームがある。 |
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東京メトロ 丸ノ内線/南北線 後楽園駅
後楽園駅前交差の歩道橋を渡るとこのビルに入り、ここから東京メトロの駅に向かう。 |
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千川通り 富坂下交差点で右折、春日通りへ |
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都営 大江戸線 春日駅
文京シビックセンターの地下で春日通り沿いに大江戸線、白山通り沿いに三田線が走り、千川通りの南北線の駅は接続している。 |
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春日通り 富坂下交差点 文京シビックセンター
白山通りと春日通りと交差する春日町交差点と富坂下交差点の間にあり、文京区役所でもある。 |
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春日通り 春日町交差点で白山通りを渡る
右側に文京シビックセンターがある。 |
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春日通り 春日町交差点で白山通りを渡る |
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春日通り 東富坂(真砂坂)を上る
本来の「東富坂」は、この坂の南を通る地下鉄丸ノ内線に沿った狭い急坂である。現在は、「旧東富坂」と呼んでいる。もともとの坂は江戸の頃、木が生い繁り、鳶がたくさん集ってくることから「鳶坂」といい、いつの頃か「富坂」と呼ぶようになったという。 現在の東富坂は、本郷3丁目から伝通院まで、路面電車(市電)を通すにあたり、旧東富坂上から春日町交差点まで新しく開いたゆるやかな坂道である。この市電は、1908年4月11日に開通した。現在、文京区役所をはさんで反対側にある坂を、「富坂(西富坂)」と呼び区別している。
急坂とは思わないが長い坂で、上った所が真砂坂上交差点である。真砂町と言えば古いが、婦系図の真砂町の先生を思い出す。 |
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春日通り 東富坂(真砂坂)を上る |
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春日通り 真砂坂上交差点
真砂坂上交差点で左折し、文京ふるさと歴史館、真砂中央図書館と過ぎて坪内逍遥旧居・常磐会跡の案内板がある炭団坂上に着く。炭団坂を下り、民家の角で左折、樋口一葉旧居を見た後、菊坂の一葉ゆかりの伊勢屋質店を経て、菊坂下交差点で右折、言問通りへ出る。
樋口一葉が五千円札に採用された時、文京区役所が観光コースとして大々的に売りだしたが、観光客のマナーの悪さから地域から強い抗議があり(文京区役所)、観光案内板などを撤去した。そのため樋口一葉旧居を探すのは難しい。、 |
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春日通り 本郷三丁目交差点で本郷通りを渡る |
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春日通り 本郷三丁目交差点で本郷通りを渡る |
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都営 大江戸線 本郷三丁目駅 |