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東京メトロ 千代田線 千駄木駅
千駄木駅〜谷中銀座〜夕やけだんだん〜諏訪台通り(初音のみち)〜上野桜木交差点〜言問通り〜上野寛永寺(根本中堂〜徳川綱吉霊廟)〜東京国立博物館 正門〜上野公園〜西郷銅像〜上野駅
【撮影記録】
平成29年 1月 10日 晴れ
11:05〜13:00 4,300歩(概算 4.2km 地図上の距離 4.2km)
翌日から寒波が来ることもあり、3日後に歩くイベントが有るため腰痛対策も兼ねて歩いた。風もなく、11℃と寒いはずが感覚的にはポカポカ陽気だった。そのため、上野公園の大噴水で小休止のはずがのんびりして大して歩いてもいないのに一気に疲れが出てしまい、浅草まで行くことができなかった。 |
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団子坂下交差点で不忍通りを渡り、都道神田白山線(三崎坂)へ |
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団子坂下交差点で不忍通りを渡り、都道神田白山線(三崎坂)へ |
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都道神田白山線(三崎坂) 最初の交差点で左折、谷中よみせ通りへ |
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谷中よみせ通り 福丸饅頭(名物10円まんじゅう)
1個10円の小さな饅頭で有名な店である。但し10個単位でしか買えないので、実際は100円饅頭(税抜き)である。
10円につられて何種類もの饅頭を1個づつ注文し、店員から10個単位と言われて驚き、中には文句をいう人を何回も見た。客が勘違いするような宣伝方法に問題があるように思う。 |
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谷中よみせ通り ゲート
よみせ通りはこのゲートから始まると言ってよく、不忍通りの東側に並行する商店街で、その途中に谷中ぎんざの入口があり、北出口は道灌山通りで右折すると西日暮里駅に向かう。
ゲート中央にはよみせ通りの出口近くの道灌山通り手前にある延命地蔵尊が描かれている。 |
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谷中よみせ通り 谷中ぎんざ入口 ゲート
谷中よみせ通りの途中に谷中ぎんざの入口があり、春や秋にはガイドマップを片手に中年女性のグループで溢れ返る。 |
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谷中ぎんざを東進
商店街によっては街を飾る幟を替えず、色褪せたままになっていることも珍しくないが、谷中銀座はこまめに変えている。今は正月なので谷中七福神となっている。 |
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谷中ぎんざを東進 肉のサトー(名物谷中メンチ)
店の前には色々な色紙が飾られている。 |
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谷中ぎんざを東進 肉のサトー(名物谷中メンチ) |
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谷中ぎんざを東進 肉屋すずき(名物谷中メンチ)
肉屋すずきは休店だった。 |
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谷中ぎんざを東進 惣菜 いちふじ
鳥もつ煮150円のビラが満艦飾のように飾られており、観光客の長い列が出来ている。店頭には撮影禁止の掲示がされている。
肉のサトーもそうだが、如何にも下町の人気店らしくゴチャゴチャ感と少し薄汚い所が良い。 |
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谷中ぎんざ 夕やけだんだん |
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谷中ぎんざ 夕やけだんだん
日暮里は江戸時代に「ひぐらしの里」と呼ばれるほど夕焼けの美しい所で、「夕やけだんだん」は一般公募で名付けられた。 谷中ぎんざ商店街を舞台としたNHKの連続テレビ小説「ひまわり」で有名になった。「ひまわり」は平成8年上期の放送で、松嶋菜々子の出世作と言われる。 |
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谷中ぎんざ 夕やけだんだん |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺、諏訪台通り(初音のみち)入口
夕やけだんだん坂上の左手で御殿坂の手前に経王寺がある。その手前右に一方通行の諏訪台通り(初音のみち)があり、南下すると朝倉彫塑館があり、谷中霊園の西側沿いに南下する。 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺
経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。 明暦元年(一六五五)、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるという。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬を広くあつめている。 慶応四年(一八六八)の上野戦争のとき敗走した彰義隊士をかくまったため、新政府軍の攻撃をうけることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺 山門の弾痕
大人の指が入るほどの大きさで、扉の両面に弾痕がある。約150年前の弾痕だが、そのようには見えない。 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺 |
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夕やけだんだん坂上 御殿坂 経王寺の向かいの諏訪台通り(初音のみち)入口
細道なので見落としやすいが、谷中霊園の西口前を通り、三崎坂を経て団子坂下交差点に向かう道として、また言問通りに抜けることが出来るため、一方通行の狭い道だがタクシーなどが次々と諏訪台通り(初音のみち)に入っていく。 |